社長ブログ

社長フィロソフィー日記

それを言っては、、、

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今日ある会社の人と打ち合わせをしていて、こちらが理路整然とあるお願いをしたのだけど、「理屈はそうだけど、そうはいかんのです」と訳の分からない理由で断られてしまった。 いわく「前例がない」、「当社にもしがらみがあって」というのが理由?の様だけど、理屈で詰めていった僕に対して最後は「私もサラリーマンですから」の一言。 サラリーマンが「私は(しがない?)サラリーマンですから」と言っちゃあおしまいだと思う。別に雇われていることは卑しいことではない。別に会社オーナーであろうとなかろうと、雇用されて給料を貰うビジネスマンであろうと全然関係ない。要するに自分の考えで物事を判断し、正しいと思ったことはきちんと認めて社内的にも通して貰うのが誠実な人間ってもんだ。 面白いことにその打ち合わせに同席していたその会社の他の人から電話があって、「社長(=僕)の言われていることは正論です。今から独り言を言いますが、こういう風に再度提案されればうまくいくのではないでしょうか」と入れ知恵して貰った。有り難かったけれど、それなら後で電話などと回りくどいことをせずにその場で言ってくれよなとも思う。実は「今から独り言を言いますが」というのも常套句で、僕が昔勤めていた銀行でも使っていた課長がいたなあ。 なんにせよ理屈が通じないのは面倒くさい。「所詮サラリーマンですから」なんてラストワードだと思うのだけどどうだろうか。

人材

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事業拡大、新規事業展開に人が足りなくなってきている。稲盛さんの教えによれば「人材補充は泥縄式で」なんだけど、既に泥棒は捕まえていて縄がない状況になっている。 当社は常に即戦力が必要なので、ITに強い人、建築業界に詳しい人、今の会社でも10年程度勤めていてチームリーダーとして優秀な人、誰かいませんかね?

経営者の役割 (4)

カテゴリー: 経営日記

経営者の役割には様々なことがあるけれど,僕が今やっているのは以下の様なことである. (1)よく考えること.ひたすら自社の強みや市場機会,社会のニーズなどを分析,また自社の実績をデータ分析してこれからするべきことを考える. (2)決めること.会議や立ち話で社員,顧客,外部の意見を聞きながら,やるべきことをどんどん決めていく.誰かが決めないと物事は進まないし,中小企業だと経営者が決めないといけない.そして決めたことはフォローアップの仕組みを作って実行されたかをチェックする. (3)仕組みを作ること.ひたすら考え物事を決めていくのは,会社の仕組み作り,端的にいうと「儲けの仕組み」を作っていくためである.「儲けの仕組み」がない会社は,ひたすら働いても消耗戦に陥っていくから,「がんばればその分報われる」ようなビジネスモデルを作るべきである. つまり僕の場合,営業や開発,生産の最前線に出て率先垂範するタイプではない.むしろ事態を少し引いて見てよくよく考えて次の策を練る方である.経営者としての役割はその人や会社の事情によって違うだろう.でも大事なことは経営者が責任を持ってよく考え,明確な結論を出すことだと思う.

伊丹空港廃止?

カテゴリー: 日常

ニュースで知ったのだが、伊丹空港の将来の廃止が真剣に検討事項として挙がっているらしい。もともと橋下大阪府知事が提案したことを、国交省が可能性として言及しているのだ。 別に伊丹空港が廃止されようとどうなろうと、(僕にはすごく不便になるのだけど)それは大きな問題ではない。大きな問題は廃止検討理由である。 廃止検討の理由が伊丹空港が不採算であるからではない。橋下知事、そして国交省が挙げている理由は、「関西空港が不採算であるから」である。つまり伊丹空港を廃止すれば、利用者はやむなく関西空港を利用するから、関西空港の経営が楽になるというものである。 誰が聞いてもおかしな理屈だと思う。だって、不採算商品・事業がある場合に、その不採算商品・事業を縮小・廃止するのではなく、投下資本も大きくてその不採算商品・事業は止められないという理由で、採算の取れている商品、業績の良い事業の方を廃止することで顧客を不採算商品・事業に誘導しようとしているのだから。 つまりは顧客の支持を受けているものを止めて、顧客の不便を強いることで支持を受けてないものを無理やり救おうという話である。これは供給者の理屈であって、顧客不在の理屈である。 民間の感覚なら、まずは駄目なものを改善する努力をする、それでも駄目なものは早めに見切りをつけ良いものを伸ばすことである。駄目なものを救うために良いものを止めるというのは全く理解できない。 こんな話がまかり通るなら、関西経済もますますお先真っ暗の様な気がする。そしてこんな話が日本全体で行われるなら、日本の将来も真っ暗だなあと思ってしまう本日でした。

必然的な偶然

カテゴリー: 日常

人生は偶然に満ちている。 と言うか、ほぼ総てのことが偶然から始まるものだと思う。人生を共にする配偶者だって、最初は何かの機会で「たまたま会った」ことから始まる。たまたま適当に決められたクラスが一緒だったり、たまたま何かの時に席が隣だったりすることから始まるのだ。勤める会社だってそう、「たまたま」目についた求職案内だったり、その求職案内も「たまたま」先月出た欠員を埋めるものだったり、その欠員が「たまたま」夫の転勤に伴うものであったり、まあ「たまたま」の連続である。 先日もある案件でどうしても訪問して相談したいと思っていた人がその矢先に、「たまたま」ランチをとっていたファミレスの隣の席に案内されて来た。でその大切なお願いをその場で相談し依頼したのだが、これもその人が「たまたま」近くで仕事があって「たまたま」道が空いていたので早く到着して時間調整のために立ち寄ったに過ぎない。 自分の人生を振り返ってみると、本当にこの偶然に支配された出来事に沿って歩んできたと思う。そもそも中小企業の経営をしているなんて思ってないし、昆虫関係の仕事なんて全く予想していなかったし、これまで出会った人も社員もすべて「たまたま」の連続で出会いが生じた人たちばかりだ。 でも更に良く考えてみると、「たまたま」なことが実はある種の「必然」であることも分かる。僕の場合、たまたまこんな立場でこんな仕事をしている様に見えるが、実は僕の使命が「専門性を活かして社会貢献をすること」であれば、例えば昆虫の知識・ネットワークを活かしてアフリカのマラリア対策に貢献したり(現在も当社の社員がマラウィを訪問している)、親が会社を経営していたという「たまたま」も僕が経営者になる「必然」を導くための要素だったとも言える。 「たまたま」結婚した妻の両親がNGOをやっていることも国際貢献を目指す僕にとっては「必然」とも言える。なんでか分からないけれど、神様に仕組まれているように「たまたま」なことが生じることが多いのだ。 「たまたま」が「必然」であるならば、何も恐れることはない。その「たまたま」を楽しみ、後を振り返って必然的な人生の使命を果たせるなら、それが本分というものだと思う。 さて今日はどんな「たまたま」が起こるか楽しみです。

神に祈ったか

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JALの会長になってしまった稲盛さんのエピソードにこんなのがある。 ある日夜遅くに工場を廻っていたら、若い技術者が落ち込んで泣いているのを見つけた。どうしたのかと聞くと、その技術者は「どうしても良い実験結果が出ません」と答えた。 それを聞いて稲盛さんはこう言葉をかけたと言う。「神様に祈ったか?」。 もしその技術者が極限まで努力をしていたなら、もう後は神に祈るくらいしか手段は残されていないはずだ。つまり稲盛さんは「それ位迄、必死の努力をしたのか」ということを聞いていたのだ。 我が身を振り返って、神に祈るしかないほど努力しているかを問うととてもそんなことは言えない。当社の社員だって、そんなことを言える人はいないんじゃないかと思う。要するにまだまだってことです。世の中不況で神にも祈る気持ちでいる人達も多いと思うけれど、少なくとも当社はそれ以前に「これ以上ない程の努力と創意工夫をやりつくしたのか」を問いたい。 まあこれくらい気合入っていれば、誰でも絶対に成功すると思います。

ライバルと争わない

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会社経営において、「ライバル」と争うという意識は結構マイナス効果があると思っている。

まず「ライバル」の定義からしておかしい。ライバルとは誰が決めるものでもなく、結局自社が同じ業界、似た商品を扱っている他社を勝手にライバルと想定しているわけだ。「同じ業界、同じような商品」と決めてしまえば、それが自社の枠を狭めてしまうことだってある。「当社はこんなことをやって、そこからの派生でこういうこともやって。。。 」と会社はどんどん自律的に発展していくものなのに、いちいち「ライバルではやっていないのだが、、、」とか逆に「ライバルもやっているのだから、、、」とか考えていると、本当に自社に合った展開が歪められたりもする。

独立系の中小企業なら、どの他社をも真似する必要はないし、意識することすら必要ない。ひたすら顧客のニーズに応えるにはどうすれば良いか、自社の強みを活かして新商品、新規事業は展開出来ないかを考えるべきである。

「生き残るのは強者ではない、適者が生き残るのだ」という言葉があったけど、まさしくビジネスの社会もひたすら市場に適したものが発展するのであって、勝手に既定する「ライバル」を叩きのめしたものが生き残るのではないはずだ。 

ライバルを意識するのは自社に制約を課すこと、当社はひたすら精進、工夫して、「顧客の創造」 に努めたいと思う。

こつこつ、やらない

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ある雑誌に面白い記事があったのだが、どっかにいってしまった。後でゆっくりと読もうと思ってたので詳細は覚えていない。でも覚えている限り、書いてみよう。

こつこつと努力する人は決して大成しない。「こつこつと努力しています」と他人に表明することは、ある種のリスクヘッジの心理が働いている。たとえ結果的に失敗したとしても、「こつこつやってきただけだから仕方ない」とも言い訳出来るし、またそもそもその努力もこつこつと「出来る範囲」の、犠牲を払わない程度の努力でしかない。

要するに、出来ることを(継続して)やるだけなので、努力も大きな飛躍ではないし結果も予測のつく範囲内、たとえ失敗してもダメージのない範囲内ということである。

また一流のスポーツ選手が、「私はまだまだ未熟です」とか言うのは決してその人が謙虚であるからではないらしい。

一流の選手は目標が大変高い。例えばオリンピックで金メダルを取るとか言うのが最終的な目標になっている。ある人から聞いたのだが、オリンピック選手は本気で金メダルを取ると信じきって何年も練習をしているらしい。3年とか4年先のオリンピックに照準を合わせて、毎日の練習はもちろん、食べるものや睡眠時間まで、「金メダルを取るにベストか」が唯一の判断基準で生活をする。こういうのも自分が金メダルを取ることを疑いもなく、信じきっていないとできるものではない。

こういう選手たちは、自分が目指している目標に比べて、今の自分は常に「未熟」ということになる。だからこそ毎日自分を律して将来の「確実な金メダル」を疑いもせず、必要となる「並外れた努力」を続けているのだ。高い目標と今の自分とのギャップが彼らを「謙虚」に見せているとも言える。

今の自分とはかけ離れた高い目標を掲げて、将来の大成を信じきって誰にも負けない努力をすることが大切だ。間違っても、手を伸ばせば届く小さな成功を目指して「こつこつと努力」をしてはいけないのだ。 

まあこんな内容だったと思うけど、大分と僕の解釈も入ってますね。

脳に騙される (2)

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ある雑誌を読んでいたら、「勝負脳」のことが書いてあった。一般に日本人選手はゴール際に弱いらしい。水泳の北島選手もある大会でゴール直前10メートルまでは世界記録を上回るペースだったのに、ゴールしてみるとわずか0.4秒差で記録を逃したことがあった。

人間の脳は自己防御本能がインプットされていて、ゴールが近いと意識されると自然と力を抜いて「次」の目標や敵のために力をセーブさせてしまう。要するに「力を使い切らない」様な本能が働いているのだ。そのために北島と言えどゴール前で失速してしまった。

マラソンでも不思議なもので、3キロ走ろうと思えば必ず2.5キロでしんどくなる。5キロなら4.5キロ、8キロと決めれば7キロを過ぎた辺りでもう辞めたくなる。ハーフマラソンだと18キロくらいか。これがフルマラソンだと10キロ通過は全く何も感じず鼻歌状態、ハーフでも余裕でスピードアップしたくなる位だ。タイムもハーフマラソンの時と殆ど変わらない。不思議なものだ。そしてこれが35キロでピタっと足が止まる。ゴールが近くなってくるとしんどさが増してくるのだ。これらの現象も、「脳に騙されている」のだ。

北村選手のコーチはこのことを学んで次のような作戦を立てた。ゴールしてから振り返り電光掲示板を見るところまでを本当のゴールと意識するように仕向けたのだ。その結果次の大会では見事に北島は世界記録を出すことができたらしい。

会社の経営も似たところがあって、これ位できたら凄いなという数字が近づいてくると何故か壁にぶつかる。例えば売上10億円を目前としていくらやっても出来なかったのが、一旦それを超えてしまうと売上10億円なんて全然余裕でできてしまったりする。これが20億円、30億円、100億円となってもやはり同じようなことなのだろう。物事に壁はない、壁は自分の脳が作っているのだ、ってことだ。 

当社も勝手に自分で壁を作らないようにしようと思う。そのために有効なのは、北島のように少し先にゴールを意識するってことだ。ある実績を上げようと思うなら、その1.2倍位の目標を掲げて一生懸命それを達成しようとする。マラソンなら42キロ走る代わりに50キロくらいを目標にする。そうすれば本来の目標を意識せずに軽く達成できるんじゃないかと思う。

なので当社の今年の目標を後20%くらい上積みしようかなあ。既に営業計画は策定済みだけど、勝手に数字を積みあげたら怒られるだろうなあ。 

ビジネスチャンス (2)

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最近は会社にいて色々と考えたり、会議をしたりすることが多いのだけど、ほんといわゆるビジネスチャンスっていくらでもあるなって感じがする。

どう考えても顧客の必要とするもの、必要であるはずのものを全部提供可能だとはとても思えないから、新たに開発するサービスや商品はすなわちビジネスチャンスになる。むしろ課題はどれが優先順位が高いかということで、ネタに困ることは全然ない。だから常に開発案件に忙しい。

そして既に商品・サービスを持っている場合でも、すべての潜在顧客に提案出来ているかも相当疑わしい。当社は日本全国を営業テリトリーとしているが、当社のことを知っていて提案もしっかり受けている顧客は割合からするとごくわずかだと思う。だから商品なんて開発しなくったって、ビジネスチャンスはいくらでもある。

ビジネスチャンスがいくらでもあるとすると、何を先にやって何をやらないか、どこに投資してどこに投資しないかを明確にする必要がある。経営資源は限られているから、自由に何でもと言うとそれこそ身体が幾つあっても足りなくなる。

当社は独立系でオーナー企業だから、なんの制約もなく過去のしがらみもなく、別に何をやっても良い立場である。論理的に考えて優先順位の高いことに力を入れる、誠実に顧客のニーズに応えていくという原則を誰にも遠慮することなく貫くことができる。

一方、よく他社、特に大企業の人たちと話していると、担当者は「僕もそう思うんですけど、色々社内的にもしがらみがありまして。。。」って話が多い。別に絶対無理なしがらみなんて世の中には存在しないと思うんだけど、彼らには彼らの理屈があるんだろう。でも目の前に広がるビジネスチャンスに自由に反応することが出来ないとすれば、結局は機会損失を被って力を発揮することなくジリ貧になってしまうかもしれない。

優先順位をつけないといけないほどビジネスチャンスはたくさんある。当社は選択を間違えず、しっかりと正しい方向性に進んでいこうと思います。 

 

 

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