社長ブログ

社長フィロソフィー日記

今、何の役に立っているか

カテゴリー: カテゴリ未分類

最近ipadを買って、ただでさえ情報過多なのにますますその傾向が酷くなってしまった。それはさておき。 この間また高校のクラブを見に行った。もうすぐ全国大会の予選で練習も佳境である。一人一人の生徒を見ていると、「今、自分が何の役に立っているのか」を自覚していない場合が多い。チームが攻撃中であれば自分も攻撃に参加する、囮になって動く、攻撃に参加しないなら次のディフェンスに備えたポジションを取るなど「意味のあること」が幾らでも考えられる。フィールドのどこにいようと、意図さえあれば何時だってどういう形であれ試合に影響を与えることが出来るのだ。 良くないのはもちろん「何の役にも立っていないこと」だ。攻撃中に攻撃に参加せず、かと言ってディフェンスの準備もせず、呆然と自チームの攻撃を眺めているのが一番良くない。プールに浮かんでいるだけでは何の貢献もしていない。常に自分どういう意図では何をすべきで何の役に立っているのか、頭を使ってプレーしなければならない。 スポーツは典型だが、どんなことにも意味があり、ある目標に対して何らかの効果をもたらすことが出来る。仕事はもちろんそうで、漠然と業務をこなすなんてあり得ない。今日の訪問の意図、通勤中の動き、ランチを誰と何のために摂るのか、起きる時間、運動、何もかもが目的と意図を持って計画されなければならないと思う。 結果的にそれらがあいまって目的達成に資する。そうすれば初めて休みでも取って「意味もなくぼんやりする」ってことで良いんじゃないかなと思います。

臥薪嘗胆

カテゴリー: カテゴリ未分類

昨晩はワールドカップのカメルーン戦で盛り上がったと思う.我が家でも小学生の子供たちが前半まで観戦,今日は眠たそうに学校に向かっていった.

華やかなワールドカップの報道の中で,目を引いた記事があった.「三浦カズ,W杯を『封印』し宮古島へ」というものである.カズは先月太股を負傷した.そのリハビリとトレーニングのために,チーム練習に参加する形で宮古島へ行ったというのだ.

中山や宮本など,昔活躍した選手は今回のW杯報道で解説などでテレビに引っ張りだこである.当然カズにも声が掛っただろう.でもそれらを断って自身のリハビリを優先させた訳である.

カズはワールドカップに出ていない.日本は出場したのに,彼は直前に当時の岡田監督に外されてフランスから無言で帰国した.何の因果かまた代表監督を務める岡田監督にも,まだわだかまりがあるのかも知れない.それにしても大御所をきどることなく本気で代表復帰を目指して練習しようとする姿勢,自身出場していないW杯で嬉しそうに解説などしていられないという悔しさ,43歳で怪我をしてもまだやろうとする気概,常に順風満帆とはいかない我々ビジネスマンも学ぶところがあると思う.

人間は調子のよい時よりも悪い時にその人間性が問われると思う.会社もそう,業績が良い時はいけいけで周りもちやほやするものだが,そんな時にもしっかりと地面に足をつけて,「やるべきことをやる」と言う一点で仕事に当たりたいと思う.

ベスト4を目指す

カテゴリー: カテゴリ未分類

昨日、サッカーのワールドカップが開幕した。開幕戦の南アフリカ対メキシコをところどころテレビ観戦したが、地元南アフリカは実力ではずっと上のメキシコにもう少しで勝つところだった。やはり本番は、何が起こるか分からない。

日本代表の岡田監督が「目標はベスト4」と言って失笑を買っているようだが、チームを引っ張る監督の役割としてはベスト4は当たり前、最低限の目標だと思う。

「何を目指すか」という目標設定が一番重要だ。日本人は大抵控えめで真面目だから、「こつこつ努力して目の前の小目標をクリアする」ことが美徳とされている。でも大きな目標を掲げずに「こつこつ努力」していては、一生大きな目標に達しないことも事実なのだと思う。

三浦雄一郎さんが70歳でエベレストに登ろうと、最初は裏山に登ることから始めた。でもそれはエベレストに登ろうと思って裏山を歩いたから最終目標に繋がっていったのであって、単にぼんやりと裏山を歩いていてエベレストに登れるようには絶対にならない。

京セラの稲盛さんは会社をスタートした時から世界一の企業になると決めていたのであって、(当時会社のあった)西の京一の会社になり、中京区一番の会社になり、京都で一番の会社、そして日本で一番、そして世界で一番の会社になろうとみかん箱の上に立って社員に演説していた。そしてマラソンに遅れてスタートした京セラが先行の大会社に追いつき追い越すために、「最初から100メートル競争のようなダッシュで走ることを決意し、途中でぶっ倒れていもよいからやり続けよう」と激を飛ばしたものらしい。

ソフトバンクの孫社長もそう。アルバイト二人の時代にやはりみかん箱の上で、「将来一兆、二兆という単位で仕事がしたい」と演説したら、翌日から誰も来なくなったり。

まあ上記の例は極端かも知れないが、「高い目標を設定しなければそのレベルには絶対達しない」ことは確かだと思う。つまり「非連続」で今の実力をはるかに超えたところに目標を置かないと、進歩はないってことだ。

あえてベスト4という突拍子もない目標を置いて世間に公言し、それを大真面目で考えて歴史の大舞台に立とうとしている岡田監督は偉いと思う。そう思ってそれに必要な準備を精一杯やって、結果的に達成出来なくてもそれはそれでいいではないかと思う。真剣にベスト4を目指すことで見えてくる課題もあるし、低い目標を立ててそれを達成する方が高い目標を立てて失敗することよりも偉いとするメンタリティーは、ちょっと僕には分からない。

そうそう、実は岡田監督も盛和塾生で、意外とあの目標は稲盛さんに優勝を狙えと言われて、いやいやベスト4位にしておきますって感じで決まったかもしれないなあ。

 

恩を返す

カテゴリー: カテゴリ未分類

一昨日は盛和塾の例会で高松に行った。JAL会長職の激務でさすがの稲盛さんも風邪をひいていたようだが、その合間を縫って塾生のために地方にまで出かけてくれている。

何度も強調されることだが、どうして稲盛塾長が我々のためにこんなにボランティアで指導してくれるか、それは中小企業の経営者が立派な人格者になり立派な経営をしていると、その社員の人生が豊かになっていくからだ。稲盛さん一人が数千人の経営者を指導する、そうするとその経営者の会社にいる社員、恐らく数十万人の人生が豊かになり、その家族数百万人の人生に普及していく。

稲盛さんに対する恩を返すのは、彼に直接ではない。稲盛塾長に恩を受けたと思ったら、それは彼の意図通りにより多くの社員に還元していくことだ。

親の恩は親孝行も大事だけど、自分の子供を立派にし親から継いだものを立派にしていくことで恩返しをしていく。恩師から受けた恩は、その先生に返すのではなくて今度は自分が他の人を教えていくことが本当の恩返しだ。

こう考えると社会を良くすることは簡単だ。人は一人で生きていくのではない。色んな人に支えながら恩を受けながら成長し、生きている。その恩をより多くの他の人に「返して」いけば、受けた恩は何倍にもなって社会に還元されていく。皆がこういう心がけをしていたら、社会は絶対に良くなっていく。

僕も高校の先生には大変世話になった。その熱血指導がなければ今の自分はないとさえ思っている。だからその先生に直接恩返しすることも大切だけど、今の高校のクラブの後輩に何倍にもして返してあげたらと思う。

受けた恩は、何倍にもして他の人に返せ。これが本当の恩返しだと思うのだけど、どうだろうか。

未来を選ぶ

カテゴリー: カテゴリ未分類

今日打ち合わせのため母校の水球部に行って、ついでに練習をみていたのだけど、彼らはまさしく今、「未来を選んでいる」最中なのだと思った。

毎日冷たいプールの中で厳しい練習を積み、もうすぐ全国大会の予選を迎える。勝つと負けるとでは結果は大違いで、大げさに言えばその後の人生にまで影響を与えてしまう。そしてその試合の結果は今日や明日の練習の成果にかかっている。いや当然それ以前に今に到るまでの練習、日頃の健康管理、子供の頃の生活なんかが大きく「彼らの今」を形作っている。

未来は選べるものだ。こういう未来を迎えたいと決心して必要な努力を必要な期間積むことによって大抵の未来は「選ぶ」ことが出来るわけだ。逆に言うと、「今の自分」は過去の自分がそうなろうと選んだ未来に他ならない。どういう状況になっていようと、それを選んだのは(過去の)自分自身だし、今の自分に多過ぎも少な過ぎもしない努力を積んできたわけだ。

だから現状を嘆いている人に会ったら、「それはあなたが選んだんでしょう」と言いたくなるし(勿論不可抗力もあるが)、母校の高校生が試合に負けたなら「そりゃそうだ」と言うまでである(努力の大切さを知らなかったという意味で可哀相だけど、努力に見合った実力通りという面では可哀想ではない)。

 「未来が選べる」としたら、そして今の自分が「過去の自分が選んだ未来」だとしたら、どうせなら素晴らしい未来を選びたいものだ。そして一旦選んだなら、それに必要なことは何の言い訳もせず、黙々と実行していきたいと思う。

高校生はまさに未来を選んでいる。そして僕ら大人達も実は彼らとなんら変わらない。充実した未来、そして平和な未来を迎えたいなら、今、それに必要なアクションが必要なのだ。

PAGE TOP