社長ブログ

社長フィロソフィー日記

勝負にこだわる

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スポーツをしていると、「美学に徹するか」か「勝負に徹するか」か、人によってこだわりが異なることがよくある。「美学に徹する」のは、たとえば日本柔道の様なものだ。美しく立ち、正々堂々と一本勝ちを狙う。逃げ回ったり時間稼ぎをすることなく、奇麗な立ち技で一本勝ちを狙う柔道である。対して「勝負に徹する柔道」とは、柔道を純粋な勝ち負けを争うスポーツと見做し、効果を積み重ね、ポイントで優勢な時にはリスクを犯さず時間切れ勝利を狙う柔道のことである。
どちらが正しいかは判らない。スポーツの目的、その人にとっての目的や理想が異なるから、どちらが正しいとは言えないと思う。僕の場合は(体格的に一流とは言えないからだろうが)どっちかと言うと勝負にこだわる方だと思う。チームの戦力が低かろうと、素晴らしいシュートを決める選手がいなくても、泥臭くても良いから必死に知恵を絞って戦って、結果として勝って少しでも勝ち残ることを目指していたと思う。僕自身もどちらかと言うと泥臭くて、華麗なシュートを一試合に一本決めるタイプではなく、打てば必ず入るシュートを数本地味に得点し、相手の主力選手をこれまた地味に抑え込むタイプだったと思う。自チームの弱いところを予想して早めに動いて補い、相手の弱点を見抜いてピンポイントで突いて最小限の努力で得点する選手だった(嫌なタイプだなあ)。結局目指していたのは全国大会出場、そして強豪の中で、進学校で体力にも経験にも劣る自分のチームが如何に勝つかが目的で、美しく華麗なシュートを決める、圧倒的なパワーでねじ伏せるなんて目指しても出来ない、だから最初から目指さないってことだったと思う。
経営も同じ様な感じがする。仕事はもちろん、提供するサービスや商品に欠陥はあってはならないのだが、過剰に品質に拘って小さく考えるよりも、常に発展途上と知りながら高い目標を掲げて、なんとか辻褄を合わせて勝ちに徹するのが経営じゃないかと思う。目の前のサービスや商品に情熱を持ちつつもひたすら拘ってしまうのは職人の美学で、経営者なら同時に「ではどうやって勝つか、どうやって大きく勝つか」を念頭に時には背伸びした目標にチャレンジしないといけない。泥臭くても勝ちを重ねることで、企業は社会的責任をより果たすことが出来るし、より多くの顧客を幸せにし、社員に物心両面の幸せを提供することが出来る。経営者は自分の美学に拘るのも良いのだけど、同時に企業としての発展、社員の物心両面の幸せ、そして社会貢献を考えないといけないと思う。そのためには多少格好悪くとも勝ち続けることが必要だってことだ。
ということでこれからも泥臭く勝負に拘って頑張りたいと思います。

採用活動も一段落

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採用活動も一段落が付き、新しい当社の陣容も方向が決まって来た。過去一年間は様々なチャンスを具体的に広げて来た「アーリーサクセス」(初期段階での成功)の段階だったが、いよいよそれを具体的な実績や収益に結びつけるためのステージに入るのがこの一年である。
考えてみればベンチャー企業みたいなものである。当社は40年を越える社歴を持つが、この10年でやってきたこと、これからやろうとしていることは過去の実績を土台としつつも、挑戦していることは全くこれまでとは違う世界、勝負のルールが支配する土俵となる。そうすると社員も単に「仕事ができる人」ではなくて、「仕事を創り出し、周りを巻き込む人」(で、仕事もできる人)が必要とされる。なんせ「ないものを作ろう」というのだから、そして同時に日々の収益も稼ごうというのだから、他社の何倍も働き、何倍も効率的な仕組みを持っていなければならないだろう。ストイックなビジネスアスリートみたいなものだ(当社はフィジカルにもアスリートを目指しているが)。
当社で働く人への報酬は、もちろん「安定した生活」もそうだけど、「挑戦し、成功し、人間として成長出来る」可能性があるってことだと思う。いつも成功ばかりする訳ではないけれど、少し失敗しても10年くらいしつこく挑戦していれば、周りも根負けしてくれて結果的に大成功することは大いにありえると思う(僕も6年目にして昨年やっと4時間を切った。フルマラソンの話)。
応募者に自社のことを説明すると、自社がどのような状況に置かれていて何を目指しているのかがよく分かる。ちょっと癖になりそうなので、また採用活動は随時やっていきたいと思っています。新卒採用もやろうかなあ。

中学校の卒業式祝辞

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今日は僕がPTA会長を務めさせていただいた中学校の卒業式。会長として最後のお務めということで、以下の様な祝辞を述べさせていただいた。15歳の中学生に向かって言ったのだが、社会人になっても(もちろん自分自身にも)同じことだなと思います。
ご卒業、おめでとうございます。
さて、みなさんは自分に自信はありますか?4月からの進路が決まり、新しい生活を目の前にして挑戦してみたいことがある反面、不安があるのは当然だと思います。うまくやれるかな、目標達成できるかな、成長できるかなと思われていると思います。私が人生の先輩としてアドバイスしたいのは、自信には根拠なんていらないってことです。「根拠のない自信」を持つことが大事です。だいたい中学校を卒業したてのなんて実績も経験もそんなにないから、うまくいく成功する経験や根拠なんか何もないわけです。しかも世の中では情報が溢れているから、根拠のない自信を持つことが難しくなる。たとえば塾なんかに行くと「あなたは偏差値何点だからこの大学」と大人たちが過去のデータ、つまり客観的事実を持ち出して指導してきます。クラブだって今まで弱小チームだから勝つことなんて出来ないと先輩は言うかもしれない。でもそんなの関係ないんです。行きたい大学、行きたい進路があればそんなアドバイスは無視して挑戦すればいい。目指す大会があれば目指せばいい。データは過去のデータの平均的な統計であって、一人一人の人が成功するか成功しないなんて予測できるものではない。過去の他人のデータは無視するに限ります。やってみれば意外に出来て、出来てしまえば根拠のない自信が根拠のある自信に変わる。
人生において、やれなさそうなことに無謀にも挑戦して結果的にやり遂げるという経験が、どこかで必ず必要になります。成績が下の方なのにいい大学に行きたい、高校から新しい競技を始めたのにインターハイに出たい、英語が出来ないのに海外の大学に行きたい、専門知識も経験もないのに会社経営をしてみたい、運動不足の中年なのにフルマラソン出たいなど(全部僕の話です)、普通は「そんなの無理」と言われることに挑戦すべきなんです。うまく出来る根拠など何もない。でも自信に根拠なんていらない、やりたいことがあれば自分の実力がいかに足らなくても、死ぬほど頑張って挑戦してみればいい。
大事なことは、自分を信じ高い目標を設定して「根拠のない自信」を持って必死に努力を重ね挑戦することで、成功したらもちろん、たとえ失敗しても必ず得るものはある。一番悪いのは、自信がないから、失敗した時に傷つくのは嫌だからと言って、実力の8掛け7掛けの低い出来そうな目標しか設定しないこと。試行錯誤を重ね、たくさん失敗したり成功したりして、みんな立派な大人になっていくものなんです。皆さん、根拠のない自信を持って頑張ってください。そうすれば必ず立派な人間になります。みなさん、ご清聴ありがとうございました。

採用活動

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お知らせの通り、当社は初めての公募採用活動を行っている真っ最中で、先週末に大阪本社で会社説明会を開いた。今週末に東京で、来週末は再度本社で説明会を行って、十分当社の経営理念やビジネスモデルを理解して貰って、本当に当社で活躍したいと思ってもらえる人に正式応募をして頂こうと考えている。説明会には既に50名弱の申し込みがあり、期待していた以上の数と質の人が集まっている。最初はあまり期待していなくて、良くて一人、悪くするとゼロでもいいなと思っていたけど、いろんな人の経歴を見ているとやって貰えそうな仕事が頭に浮かんでくる(とは言え、ピンポイントの人材をほんの少しだけ採用する予定だけど)。不思議に思うのは、どうしてこんな優秀な人たちが転職市場に出て来ているんだろうってことである。この人たちの誰が当社に来ても活躍すると思われるし、どの会社で働いたって十分なパフォーマンスをあげられるんじゃないかと感じられる。
正直に言ってしまうと、ここ10年以上好調に業績を伸ばしている当社の現社員は、厳しい選考を勝ち抜いた人たちではなくて、いろんな縁があって「たまたま」入社して来た人たちばかりである。誰かの紹介であったり、学校の先生の推薦、学校の後輩、取引先の担当者、まあ「適当」な人選と言っても過言ではない(現社員の皆さん、失礼しました)。その人たちが集まって、それぞれの特技を活かし、素晴らしいチームワークでもってユニークなビジネスモデルで会社を運営し、業績も上がっているのだから不思議な感じである。ある意味、縁があること自体、通常の中途採用よりも厳しいフィルターがかかっているのかも知れない。僕が信頼する先生や知り合いの紹介、既に活躍している現社員が見込んだ後輩、当社と取引している相手方でお互いに優秀だなと見込んだ人たちとか、長期的な付き合いの中で「選ばれた」人たちである(フォロー)。それと「運が良いこと」も実力のうちだ。たまたま会社が倒産したとか、たまたま運が悪かったということは確かに本人が悪い訳ではないんだけど、運が良い人は確かにいて、そういう人たちが集まればその組織もうまくいくことが多い(当社の社員も運も育ちも良い人が多いと思う)。
まあという訳で、採用活動を通じて当社自体を見直すことになるし、世の中からどう見られているのかも分かる。採用に関わる社員も「先に入っておいて良かった」と胸を撫で下ろしている人たちもいるかもしれず、良い緊張が走っている感じでいいことだと思う。誰に新しく入社してくれる人もきっと当社で活躍し、より豊かな人生を送ってもらえると思う。後二回の説明会も頑張っていこうと思います。

決めない会議

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当社の場合は通常とはおそらく少し変わっていて、たまにやる会議では「決める」ことだけが目的ではないことが多い。普通は「貴重な時間を皆が割いているのだから、結論の出ない会議なんてやる意味はない」とか、「如何に短時間に多くの案件を手際良く決定するか」が議論されることが多いと思う。
当社の場合は、毎日の日報システムの中で情報を共有し、リアルタイムに複数の人がコメントし、そして同時にそのやり取りを見ている(多くの場合自分で質問したりコメントしたりしている)僕自身が決定したりするから、その場で物事を決めてしまうことが通常である。逆にウェブ上では決めきれなかったり、曖昧な意見をむしろ集めないといけない場合に会議を招集して、だらだらと井戸端会議的に話をすることにしている。そこで決めても良いし、決めずに宿題にしておいて、後でまた日報システムで議論を追っかけて決めていくこともある。つまり日々リアルタイムで意思決定し、たまにやる会議ではむしろ「決めない」ことで良しとする仕組みである。
別にこれは戦略的に考えてやっているのではない。やり易い様に働き易い様に考えていたら、自然とそうなっているだけである。会議が懐かしくなって普通の会社並みにやってみたくもなるが、実際やるとだらだらしてて効果がないなあと思えることもあるので、そうすると暫くは(飽きて)会議も招集せずに日報だけでやるという周期もある。
という訳で、いい加減な様で理に適っている?、当社の仕組みのご紹介でした。まあいい加減なだけですかね。

官僚主義

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「官僚主義」や「お役所仕事」という言葉は官僚の方や役所で働く人にとってはずいぶんな表現だと思うけど、本来の趣旨を深く考えることなく前例に従うだけであったり、リスクをリスクを感じられなかったり、逆にチャンスをチャンスと捉えられない「固い頭」は、思考停止としてうおくないんじゃないか良いと思う。
「規則でこうなっていますから」という理屈も、誰が何のために決めた規則でどこまで強制力があるのか、規則のそもそもの主旨は何で他のもっと良い方法はないのか(その検討すら許されないのか)、「前例はこうなっていますから」というのも同じで、前例の前提条件や環境はどのようなもので、現在は事情が変わっていないのか、中身をしっかり吟味して考える必要がある。要するにしっかり考えようってことです。
会社組織はそもそも誰に言われて作られたものではなく、資本主義社会において誰かが思いつきや志しを持ってわざわざ作られた仕組みのことである。どんなサービスを提供しても良いし、その領域に留まっておく必然性もない。自由に考えて自由に世の中にその存在意義を問えば良い。受け入れられれば会社は発展するし、そうでなければ消滅するだけの話である。
同様に、「決める人=責任者がいない会議」、「そもそも決めることが目的でない会議」は全く無駄だと思える。結論を出さない会議って殆ど単語としても矛盾していて、会社がそもそも何かの目的をもって設立された組織であることを考えると、「決めない」ことは会社としての活動ではない(井戸端会議?)。
目的や方法論を常にゼロベースで考えるというのは、受験勉強に明け暮れてきた人たちには結構難しいことでもある。人から与えられた受験問題に対して、これまた人から教えてもらった解答方法を深く考えずに受け入れることだけに専念すればするほど、上がっていく成績と反比例して社会で本来使える能力は失われていくという悲劇(喜劇?)が生じていると思う。真面目な子どもが一番使えないという、おかしな現象もあるのではないかと感じる。
当社はいつも、「そもそも?」とか「こんなんどう?」ということばかり考えている。もちろん社内でも思いつきのアイデアを思いっきり否定されることもあるのだが(大体は僕自身)、それはそれとしてゼロベースで世の中の課題を直面し、自社の出来ることを探し出し、ユニークな方法でそれを解決することが仕事の醍醐味じゃないかと思う。これからもめげることなく、自由に(ちょっとおちゃらけているかもしれないけど)、頑張っていきたいと思います。

説明しにくい当社のビジネスモデル

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最近、雑誌に当社のことをのせていただく予定があったり、中途採用をしようとしていて求人のための取材を受けたり、はたまたパーティーでたまたま隣に座ったコンサルタントの方に対してとか、あらためて「当社はどういう会社か」ということを説明させていただく機会が多い。
しかし毎回説明しだすと軽く1時間や2時間は経過してしまうという、なんとも迷惑なオチになってしまう。これは当社が何かを製造していたり、サービスを提供していたり、そしてその対価を頂いている会社であれば説明もおそらく簡単だろうが、当社の発想として、世の中で当社と同じようなことをしている会社、特に大企業がやるようなこと、国が制度として確立しているような業種(例えば保険業とか金融とかの規制業種、建築士とか医師とかの資格商売)は全部やらないと決めているからかもしれない。
当社がやりたいのは、ニッチ産業においてかつボトルネックになっている点にピンポイントに注力すること、つまりニッチ業界かつレバレッジ戦略だ。業務用防虫業界はニッチで、その中でメーカーでもなくサービス業でもない、当社のような商社のような開発型企画型の企業は競合は殆どない。オープンイノベーションのための防虫技術共同開発センターを作ったり、住宅メンテナンス系の事業組合を組織化したり、業務用ソフトウェアを開発したり、全国セミナーを開催したり、ミャンマーの感染症媒介蚊対策のためにNGOと協力したり、東日本震災でいろんなプロジェクトを立ち上げたり、社長の自分でもよくわからないくらい(でもよくわかっている。当たり前か)、活動は多岐にわたっている。こういう分野には特に大企業なんて到底入ってこない。
そういう方針で(どういう方針?)、かつ国際的にも学術的にも、そして世の中の経営手法で当社にあったものをすべて試してみて良いものは採用し、かつ顧客に対しても自信の持てるアプローチで営業や提案をする訳だから、勝てる確率は当然高くなる。
業界内で顧客からも評価され信頼され、売り上げも収益性も向上させることが出来れば(だいたいそうなっている)、次はこの業界(=防虫業界)を発展させて、社会問題のまたボトルネックになっているピンポイントに注力し、この業界が貢献できる部分を増やしていくことが、(二重の意味で)レバレッジが効く様になっている。中古住宅流通活性化に向けて住宅メンテナンス組合で不動産会社向けに超ニッチサービス(でも超重要)を全国展開したり、殺虫剤の使えない食品工場で薬剤に頼らない防虫方法を開発したり、社会の課題を解決するためのインフラづくりにチャレンジしていたりする(テコの部分しかやらないけど)。
この様に説明すると、たいていの人はよく分からなくなる。(1)ニッチ業界でのレバレッジ戦略、(2)業界自体のレバレッジ戦略を企画、サポートすることが当社の仕事って、まあ説明しにくいこと、このうえない。当社社員の前職(または専門)も、ソフトウェア、証券会社、35歳新卒博士くん(昆虫学)、広告会社、薬剤師など、学歴も様々で大学、大学院、専門学校、高卒とこれも不問に近い。
という訳でよくわからない会社ですが、一度話を聞いてもらえるとよくわかります(と思う)。月末位から中途採用活動を初めて始めるので、興味のある方はどうぞ。フルマラソン、必須科目ですが(冗談の様なほんと)。

人材採用 (3)

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いよいよ社員を採用しようと採用活動を始めようと思って転職サイトなんかを見てみると、どれもこれも違和感がある。応募してもらうための広告だから、いわゆる宣伝みたいに自社の魅力を語り(こんなに明るく元気な会社です)、イメージ写真を掲載し(社員の笑顔)、もちろん待遇も問題なし!って感じのチラシである。でも社員も会社もスーパーで並んでいる商品でないから、そんな一言で「買ってください!売ってください!」的な要約でお気軽に募集することなんて不可能のように思えてくる。当社は一旦入社するとほとんど(全然?)辞めないから、イメージ的に言うと「一人採用する=数千万円の投資(数年分の給料+経費」という感じだから、そんなのスーパーのチラシみたいな広告でどうやって応募者を集めて採用するんだろうと思ってしまう。
本当は知り合いや社員の知り合いに一人ずつ数時間僕の話を聞いてもらい、出来れば数年そのような機会を毎年設けてもらい、納得してやる気になったら入社してくださいみたいな、お互いを十分知り尽くして魅力をお互い感じで、そして自分の(=社長の)給料をその分減らしてでも採用したいと思える人だけを採用したいと思う。今まではたまたま知り合って人とか、「たまたま採用」ばかりであまり考えず、策を弄せず、それでもピンポイントの人材がピンポイントのタイミングで入社してきてくれた。
まあでもそれもどうも非現実的で、事業拡大ペースがそんな「たまたま」を待ってくれない。いつまでも中小企業ではいられず、いずれ社員数百人の中堅企業になっていくとしたら採用しなければいけない人数も増えてくるし、世間一般の採用プロセスを踏むことは避けられない。
という訳でちょっと恥ずかしいけれど、リクナビにでも募集広告出してみようと思います。どんな人が応募してくれるか、それはそれでちょっと楽しみ。

並行処理

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当社の強みの一つ、そして僕が得意なのは、「並行処理」かなと思う。「並行処理」とは要するに、色んなプロジェクトが並行して進んで行き、ポイント毎にどちらに進むべきか判断する、もしくは自分でやってみるという仕事のやり方だ。プロジェクトの進行は何も社員だけによるものではない、様々な外部のリソースも活用して「検討、進捗」して貰っておく。一回りして帰って来ると、少し進んでいるからまたそこで検討を加える。そんなのが10も20もあって、鵜飼いの様に並行して仕事が進んで行く様がとても効率が良い。
例えが卑近だが、お弁当を限られた時間で作ったり、家事も同じことだろう。洗濯機を回しながら一つの鍋ではゆで卵を作り(火にかけているだけ)、電子レンジで何かを暖めながら、フライパンではお肉を焼いている。これも立派な並行処理である。同時にラジオでニュースを聴いたり英語の勉強をしていたらこれはもう、左脳右脳、フル活用状態である。現代では機械化やツールが進んでいるから、その気になれば一人でもかなりの仕事を並行して処理することが出来る。車を運転していてもハンズフリーで電話や打ち合わせも出来るし、スマートフォン+音声入力があれば信号待ちの間だってメールは返せる(慣れないと危ないけれど)。自分で全部作業しなくても、他のスタッフや外部の専門家などに仕事を振れば、ちょっと他のことをしながらも案件は複数進んで行く。
こうなれば課題は、結局自分がしなければならない、最も得意な付加価値は何かということだ。自分では効率が悪いのに他人に振らずに抱え込んでしまうのが一番良くない。不得意であればそれが得意な人に仕事を振ることが大事である。では自分は何をするのか、他の人が並行処理を手伝って貰っている間に、自分はどんな付加価値を提供するのかがシビアに問われることになる。道具が発達すればする程、効率的にはなるけれど、雑務に紛れて誤摩化すことが出来ないから余計に自分の実力があらわになってしまう。こう考えると、便利だけど怖い、厳しい世の中だなと思います。

高収益商品の開発

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企業収益は社会からの評価の反映であるし、それは具体的には「顧客の困りごと」を如何に解決するかでその商品(サービス)の価格が設定される。価格の設定は大事で、製造コストに「適正」利益を足して価格を決めるのはマーケットアウトの考え方、供給側の論理であって、色んな選択肢と色んな動機で購買する顧客側の理屈には合わない。
問題は顧客自身が「困りごと」の内容や程度、つまり「ニーズの大きさ」を把握出来ていないことだ。商品開発を行い、粗利が高い商品に育てるためには、そのヒアリング能力が問われることになる。顧客が口で言う仕様をすべて採用していたら、結局コストが高くなって導入不可能、無理して販売しても利益率が最初から低い、面白みのない商品が出来上がってしまう。だから腕の見せ所、頭の使いどころは、ニーズの優先順位をしっかりつけ、妥協出来る点は妥協し、ピンポイントの困りごとを解決することでそれならこれだけ払っても良いと顧客が思う最高の価格をつけることが大事だろうと思う。
商品開発担当者で一番ツカエナイのは、「顧客の言葉を文字通りとってそれを仕様に落とし込もうとする」、「競合品を想定してそれよりも優れていて安いものを作ろうとする」、「粗利を高く設定出来る様にするにはどうすれば良いかという発想がそもそもない」、「技術や専門知識を売ろうとして、顧客の困りごとの大きさを考えない」、「既成観念に捉われていて、基本仕様を絞り込む、捨てることが出来ない」というタイプの人材だと思う。
商品開発はとても面白い。最近ある本を読んでその人のセミナーに参加して上記の様なことを学び、考える様になった。思い起こせば当社のビジネスモデルも似たところがあるので、考え方には違和感がなく、これからも自信を持って高収益商品、ビジネスモデルを開発していきたいと思います。

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