社長ブログ

社長フィロソフィー日記

やはりストレッチ

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先日、恒例のフルマラソンがあり(半年に一度)、今回は昨年強風で当日中止になってしまった加賀温泉郷マラソンに出場してきた。今回の社員参加者は13名(内、監督役1名)、結果的には全員完走できた(内、初完走1名)。前日は金沢観光と温泉地での宴会を楽しみ(金沢は「空いてる京都」みたいに意外と良かった)、コースはエイドが沢山あって地元の応援にもてなして頂き、僕のマラソンの結果はあまり良いものではなかったけれど、充実した週末を過ごせて良かったと思う。
何より驚いたのは、実は一週間後の練習再開である。この週末は久々に自宅の近くのハイキングコースでトレランをしたのだけど、心拍数があまり上がらない。身体の軸もしっかりしていて、いつもよりかなり楽に走れたと思う。そういえば、長い距離を走った翌日も、安静時心拍数が下がっていることに気づく(いつも心拍計付きのGPSウォッチをしているので分かる)。
やはり一度ガツンと心拍を上げて高強度の運動をすると、心臓も筋肉だからそれに「慣れる」のだと思う。たくさんの血液を必死で体中に送る活動をした結果、心臓が鍛えられて心拍数が少なくなってくるのだと思う。今回のマラソンは、オーバーウェイトだったこともあってかなりしんどかった。実力の2倍くらいの負荷を掛けた感じだから、心臓的には、翌週の数キロの山道を走ることくらいは全然楽な運動だったのだろう。
努力のやり方は二つあって、一つはコツコツの努力を重ね、いつか目標に達成するやり方。もう一つは、目標を定めて多少は準備して、実際にガツンとそれを経験してみるやり方。一般には前者が「美德」とされている気がするけれど、本当は後者が近道だと思う。実際に「本番」を経験するから、リアルに今の実力に足らないことを感じられる。努力は「できる範囲の努力」ではなく、「目標のために実際通用する努力」を行うからだ。従って、「ストレッチした努力」が大事ということだ。
仕事もそうだと思う。出来ないくらいのこと、ストレッチされた仕事を気合いを入れてやりきってみる。そうすると今まで結構ハードだなと思える状況は何のこともない感じがしてくる。実際に難易度の高い、強度の高い目標を実際経験することで、自分の実力が(一時的でも無理やり)上がってくる。コツコツやるのも大事かも知れないが、当社は大きな高い目標にいきなり取り組んでいくスタンスを取り続けたいと思います。

思考体力が大事

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頭が良い人は世の中にたくさんいるけれど、頭が良い人が皆成功していく訳ではない。体力がある人もたくさんいるけれど、これも同様に皆が成功する訳ではない。おそらく大切なのは、両方の合わせ技でないかと思う。力仕事も考える仕事もという訳ではなくて、激務の中でも考え続けられる「思考体力」が重要だとということだ。
数時間議論し続ける、しかも異なったテーマの切り替えながら、その度に違う相手と議論を戦わせる、長距離の移動も伴いながら、時には睡眠時間も少ない局面で正しい判断を下し続ける「思考体力」を発揮出来る人が、結局は成功していくと思う。体力だけでも瞬間的な頭の良さだけでは駄目、数時間でもなくて、5年とか10年のスパンで「ずっと考え続けられる」人が成功し、そういう人たちが多い組織が結局勝っていく。
この様な思考体力は、生まれついてのものでもない。筋肉と同じで訓練で出来る様になっていく(で、使わないと衰えていく)。「地頭が良い」とかは体格に恵まれているというのと同じことで、そのままだと通用しない。疲れても疲れても考え続ける、考え抜いてきた経験を通じて思考体力が備わってくるのだと思う。
思考体力をもっと向上させないといけないということは、当社にも十分当てはまる。たまに会議をしていると、数時間どころか1時間くらいで集中力が切れているのがすぐ分かる。そんなのではいけない、せめてマラソンの所用時間、4時間とか5時間くらいは集中して欲しいと思うけど、これはこれからの課題ですね。

勇気をもって事に当たる

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何か不祥事があったり、不味いことをしてしまった場合にもっともやってはいけないのは、リカバリー策を小出しにしてしまうことだ。世間に知れてしまったことだけを限定的に謝罪し、後から芋づる式に他の不祥事もバレてしまって、対応が後手後手になってしまうことなど、新聞などで読むことが多い。これは保身の心から来ていて、なるべく被害を「最小限」にしたいと思ってしまう。
しかし現実、世間は甘くなくて、一旦そういうことがあると徹底的に叩かれる。「最小限」どころか逆に被害を「最大」にしてしまう。それを避ける唯一の方法は徹底的にその不祥事を取り除き、心から謝罪するしかない。どんなに自分に不利であっても「勇気を持って事に当たる」ことが大事だと思う(企業として人間として)。いつぞや、ジャパネットのタカダが個人情報漏洩かなんかが発覚した際に、なんと販売自粛を相当期間行なった。それによる売り上げ減は約150億円、相当額の損害も出たとは思う。しかしそういう「徹底した」企業対応が、逆にその信用に繋がっているのだと思う。本当に立派だと思う。
指摘されたところだけ、指摘した人にだけ謝っても仕方ない。それすらも中途半端だったら更に信用を失う。当社にそういうことが起こってしまったら、それこそ徹底的に調査をして世間が納得する是正策を打ち出す勇気を持ちたいと思う。

コピペ時代の本質的な価値

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最近社員からの情報でびっくりしたことがある。なんと僕のブログをコピペしてあたかも自分が書いたかの様に偽っている人がいるということだ。もちろん著作権法というものがあるから、(同様にコピペされている当社の他のコンテンツも含めて)慌てて削除されるとは思うのだけど、情報がデジタルになって一瞬にしてコピーペースト、また適当に組み合わせてそれらしきものが出来上がってしまうという、怖い時代になったものである。
ネット情報を組み合わせれば、基本的な情報が集まってプレゼンなんかも簡単に作成することが出来る。だからこそ大学なんかは学生の論文の評価に大変苦労するし、オリジナルと偽物を見分けることがどんどん困難になってくる。
しかしコピペはコピペだから、何も価値を生んでいる訳ではない。簡単な検索で基本的な情報が手に入ること自体は良いことで、だからこそ、「そこから先の創造性」が大事になっているということだ。図書館に行って大量のコピーをして、やっとの事で基本的な事実や過去の研究成果などを調べてまとめることが「研究」であった時代は終わって、その大変な作業を一瞬で出来てしまうからこそ、「そこから先」が勝負となる。コピペで満足してしまえば、それは「何も価値を生んでいません」と宣言している様なもので、簡単に言うと「アホを晒している」状態であると言うことを知らねばならない。
当社はいつも、「そこまで」の事実は一瞬にして理解した上で、「そこから先」で勝負していきたいと思う。それには創造性が必要、オリジナルに拘り、人類の進歩に本当の足跡を残していきたいと思います。

二兎を追う

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僕が卒業した茨木高校では、「二兎も三兎も追うたくましさ」を謳っている。進学校なので当然皆受験勉強を頑張って難関校に進学するのだが、クラブもやって体育祭・音楽祭などの行事も頑張ろうというのが伝統の様だ。
「二兎(三兎)を追う」大切さは、社会人になってみたらよく分かる。仕事と家庭の両立(と趣味も)、自分がやりたいことと会社でやらねばならないことの折り合い(と統一)、自社が儲かることと社会貢献の両立、知力と体力の両方を鍛えること、自分の内面と他人との付き合い、どんな場面でも「そのことだけをやっていればそれで良い」ということなんかあり得ない。いつも何かと何か、しかも矛盾しかねない両者(やもっと多くのこと)を同時に高い次元で達成することが求められているのだ。
だからたまに「クラブが厳しいから勉強できない、そんなつもりで進学校の茨木高校に進学させたつもりはなかった」とかいう保護者がいると頭の中が「???」となってしまう。他の進学校だったらクラブや行事はそこそこに、1年生から大学受験を目指して勉強一筋で頑張ろう!とか、多少クラブ活動などもやったとしても進学校だということを言い訳にお茶を濁したようなものになってしまうのが常だ。勉強だけやって効率的に大学にだけ行かせたいのなら、そういう進学校に行けば良かったのにとも思う(で、たまにOB会の幹事長としてそう言ってしまって反発される)。進学校で勉強も(どこかの時点で)やりながら、クラブは全国大会に出場、実はピアノも弾けるし英語も不自由ないくらいの人間を目指さないでどうするの?と思ってしまう。
当社も仕事だけやる人間は要らないというか使えない。目の前の仕事は目の前の仕事、完璧にやりながらももっと生産的なやり方がないかを考えながら行う、社会の動きに興味を持つ、少なくとも自分の分野で世界の最先端で何が起こっているかを知る、健康管理に気をつけて年に2回くらいは楽勝でフルマラソンを走れる、海外のお客さんが来社された時も普通に情報交換できるし、英語でプレゼンも出来る、子育てに参加し週末は食事くらいは作れる、ゴミ出しの予定は完璧に把握している、自分の趣味を持っていてその分野はかなり詳しい、会社以外にボランティア活動など社会貢献の方法を持っている、まあ普通これくらいはやってないとダメってことですね。

仕事のコツ?

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仕事のコツというほどのことではないけれど、また「ビジネスモデル構築の秘訣!」とか大上段の話でもないけれど、仕事を進める上で心がけていることがある。
何事も、自社だけでは大きなことはできないから、次のようなステップで考えている。

  1. 大きなピクチャーの中でどんなプレーヤーが存在し、どういう能力やインセンティブを持っているのかを見極める、
  2. それらのプレーヤーを自社がハブになって組み合わせれば目的を実現出来そうか考える、
  3. どうしても足らないピースがあるから、それを自社が埋められないかを考える

ということだ。他社を組み合わせるだけではただのブローカーみたいなもので自社がそこに介在する本質的な価値はない(強みも出てこない)。しかし自社が加わって誰もやらない機能を提供すれば、大きな輪が回り始めることが可能になる。しかも誰もやらない機能「だけ」しか提供しないから、自社の生産性も高まる。
案外こういったコーディネーターみたいな会社は少なくて、かつコーディネーターを務めている会社は案外(コーディネイト以外の)自分の機能は提供しないから、当社のように、コーディネーターであって実務、開発、投資も提供するプレーヤーは少ないように思う。その際、他のプレーヤーも喜んで参加してくれる「利他の心」を持たないと駄目だし、最終的には自社もしっかり収益が上がるモデルにしないといけないといころが難易度が高い。
当社は小粒だがこういう考えで創造性を持って、仕組みづくりをしていきたいと思っています。「汗をかいてはいけない」と冗談混じりで言っているけど、仕組みを作るには「思いつき」を思いつくのに必死で考え続け、かつ立ち上げ時には涼しい顔をしながら水面下で汗をかくってことですね。

市場での戦い

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高校の同級生の後援会長をやっている(誰もやらないのでやらされている)関係で政治の世界の集まりに参加することがあるが、政治とビジネスとは本当に世界が違うなといつも思う。
政治はほとんど「戦い」の世界だ。選挙に勝つか負けるかは最も重要な関心ごとで(落ちてしまえばただの人(以下?))、選挙戦の始めには「出陣式」が行われる。選挙「戦」では相手を批判し自党の正当性を訴え、有権者の支持を「勝ち」とる競争である。議会での議論は「論戦」だし、党勢を伸ばし議席を増やす「戦争」に明け暮れるのが政治の世界の様だ。もちろんその戦いは「世の中を良くするため」であるはずだけど、時に「勝った負けた」、「何票集めた」ばかりが関心事になってしまう。
ビジネスの世界は異なる。まず自社が社会に貢献する土俵を選ぶことができる。競争の激しい分野もあればオンリーワンに近いライバルの少ないニッチを選ぶことも出来る。競合を意識することはあっても、競合を批判、批難することによって顧客の支持を得ることは出来ないから、結局市場ニーズに合わないと事業を継続することができない。また(数年ごとの選挙の時など)一時的に社会の関心を集めるだけでは不十分で、ビジネスの場合は社会貢献に繋がる事業を展開しないと長期的な成長は望めないし社員も付いてこない。従って、ビジネスの世界は競争の様に見えて実は競争ではなく、自社の努力で如何に顧客のニーズを満たせるか、社会にとって必要な存在になれるかという自己研鑽(=自分との戦い)になる。本質的に必要のない企業は淘汰されるし、ひたすら謙虚に良いサービス、良い製品を提供し続けなければならないという宿命である。
当社はビジネスという土俵の真ん中で、謙虚にして驕らず、勝負ごとに拘り過ぎず、本質的に社会に必要とされるものを、短期的な情勢に惑わされずに提供していきたいと思う。一方、政治も大切だから、自分自身は出来るだけの後方支援はしていきたいと思います(で、当選した人も社会の為に頑張ってください)。

弁証法的思考法

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ビジネスには弁証法的な思考法が役に立つ。僕は一瞬にして解決策を考えるとたまに言われるけれど、それはこの種の思考法があるからだと思う。
弁証法とは教科書的に難しくいうと、「ある命題(テーゼ=正)と、それと矛盾する、もしくはそれを否定する反対の命題(アンチテーゼ=反対命題)、そして、それらを本質的に統合した命題(ジンテーゼ=合)の3つである。二つがアウフヘーベン(止揚)される。」ということらしい。「正・反・合、止揚」というキーワードは受験の時に習ったと思う。もっと簡単に言うと、
(1)ひとつの意見がある、
(2)その反対意見が出て、対立する、
(3)対立する意見を統合して、第三の、しかもより優れた意見になる、
ということだ。
大事なのは、意見と反対意見を集約して中庸的な意見になるのではなく、それらの矛盾する意見を高いレベルで統合して、かつ、1+1=2ではなくて1+1=3以上にするということである。

少しふざけた事例だが、
(1)お好み焼きが食べたい、
(2)焼きそばも捨て難い、
(3)そうだ、モダン焼きにしよう。しかもモダン焼きはお好み焼きとも焼きそばとも違う、ワンランク上の美味しさがある、
ということを昔、予備校の先生に教えてもらった(のを今でも覚えている)。
弁証法的思考方法をいつでも実践していると、自社の立場、顧客や他の相手の立場、社会ニーズなど異なった観点を同時に思い浮かべ、一つ上の次元で全てを統合する第三の解決策を考え出す。商品を販売する時はこちらはなるべく高く売りたい、相手はなるべく安く買いたいと思う。これでは単に利害が対立しているだけでどちらかが得すれば反対側は損をするという関係だ。
これを、顧客もそれを使えば全体のコストダウンが計れたり売上が増え、かつ社会ニーズにも合った製品やサービスを開発すれば、少々高くなっても顧客には導入メリットが出てくる。しかもゼロサムゲーム(損得の合計はゼロ)でなくて、当社も利益が増える、顧客も利益が増える。両者の利益合計がプラスになり、かつ社会にも役立つという事実が重要だ。
当社はあくまでアウフヘーベンを目指す。損得でなくて当社も顧客も社会も満足するような解決策を提案したい。まあモダン焼きが好きなだけかもしれないけれど。

プランB

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マラソンの話ついでに改めて思ったのだが、本来の計画や作戦(プランA)がうまくいかなかった場合のためのバックアップとして、2つ目の「プランB」を用意(心づもり)しておくことは重要だと思う。
先日の那覇マラソンで言うと僕の場合は、2キロ地点の国際通りで既に汗だく、沿道の応援の方が配る塩を探し始めた時点で、今日は無理せず完走を目的にかつハーフまで行ったら休もうとプランBに切り替えた。実際、5キロで結構しんどかったし、10キロでやっとか、ハーフにたどり着く前に歩きたくなった。2キロくらいごとに身体を冷やすためにカップの水を5、6杯頭からかけ、氷を貰って首筋や脇を冷やし、もちろん水分はこれまでの2、3倍摂取するようにした。
元々の目標の4時間から30分遅く走ろうと決めれば、実は結構いけるものである。ハーフ以降を1分半遅く走って21キロ*1分半=30分だから、当初の5分40秒を7分に落としても良いってことだ。つまり1キロの内、最初の500メートルさえ6分で走れば、残りの500メートルは8分で走ったり歩いたりして良いくらいの話である。
実際の体感で言うと、4時間目指して無理して30キロで力尽きた時のしんどさよりは楽な感じだった。確かにタイムは前者では4時間15分、プランBでは4時間30分少しだから差はある。しかし今回の様な28度を越える夏日では、4時間目指して無理してたら熱中症かなんかでダメージが相当残っただろうと思う(そうですね、武津くん)。一緒に参加した高校の後輩も、3時間30分目指してラップを無理して守って25キロ地点で座り込んでしまった人もいた。さすが体育会、弱音は吐かずに頑張ったんだろうけど、経営者は常にプランBを想定しておかないといけないと思います(というか前の日飲むな?)。
難しいのはプランAで頑張るべきかプランBに切り替えるかの判断だ。これを行うのはリーダーの一番重要な役割だと思う。個々人が勝手にプランBに切り替えたら組織として士気は上がらないし、かと言って一丸となって盲目的に勝ち目のない戦いに突っ込んでいくのも危険である。大切なのは引き際とプランB、しかしそれは先頭に立つリーダーの専権事項だとも思う。そしてリーダーがその判断を正しく行うためには、謙虚にして驕らず、かつ常に土俵の真ん中で相撲を取って、冷静で客観的、かつ私心なく考えよということかと思います。

那覇マラソン (5)

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昨日は恒例の那覇マラソンに、会社の20名と共に参加して来た。今年で9回目の参加になる。恒例のスケジュールで、前日は到着後昼食、その後会議、夜は宴会を二次会までというメニューだ。翌朝6時に起床し9時からの本番に備えた。
昨日の那覇は102年ぶりの高温で28.2度、湿度も80%を超える暑さとなった。そのため完走率は53.2%と、スタートした26,573名の内、ゴールまでたどり着いたのは14,138名という過酷なレースでした。当社の20名の内、完走者は14名だったので(完走率70%)優秀な方かと思います。
僕も練習不足と体重を絞りきれなかったのが響いて数キロ走った時点で汗だくで身体が重く、高温なので熱中症にだけはならないように水を頻繁に体に掛けながら、目標を完走に置くことに変更、とりあえずはなんとかハーフまで行こうと決めました。ハーフまではなんとかそれなりに走れたものの後は歩いたり走ったり、水を頭から何度もかぶり、水分を頻繁に補給、途中で出会った橋本くには自動販売機でポカリスウェットを買ってもらって一気飲みしたり、それでなくても長い42キロが永遠に続きそうな感じでした。結局タイムは4時間36分(ネット)ということで、昨年よりは20分くらい遅いタイムで済みました(ベストは一昨年の3時間58分)。身体を冷やして水分補給してかつ心拍数を上げ切らない様にコントロールすれば、ああいう過酷な環境でもしんどい後半もそれなりに余裕があったように思います。
但し、参加した方々にも相当しんどかった様で、一人は完走後救護室に運ばれ点滴を打ってもらい、その日は帰れずに翌日まで静養(で回復)、もう一人は30キロ地点で突如熱中症でフラフラになってリタイヤ(完走したと思い込んでいたらしい)、かなり無理をしたんじゃないかなと思います。大ごとにはなりませんでしたが、日頃の健康管理に加え、当日の状況に応じた対応(タイムは狙わない、しんどくなったら歩く、水分は頻繁に取る)も必要だなと思います。
何と言っても凄かったのは東京の藤井くん。3時間7分で全体の76位ということでした。毎日20キロ走っているそうでマラソン翌日の今朝もそうしているはず(どこを目指してんねん?)。
マラソンは当日だけ頑張っても無理、また当日も状況に応じてフレキシブルに対応しなければならないという奥深いスポーツですね。その前に前日の宴会で飲むなという話はあるけれど。

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