社長ブログ

社長フィロソフィー日記

ワンワールドフェスティバル参加

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遅くなりましたが、この間の土曜日、ワンワールドフェスティバルのシンポジウム「国際協力について考える」のパネリストとして参加して来ました。

当日初めて会ったシャンプーハット(吉本芸人)と毎日放送の西アナウンサー、流石の話術で感心しました。どんな振り方をされても必ず自分の土俵に持って来て、聴衆の笑いや関心を取る。「国際協力」という硬めの話題にも関わらず話に絡めるというのは凄い才能、技術だなあと感じです。

僕も負けずに色々と発言しましたが、どこまで聴衆に響いたかは分かりません。参加してみて感じたのはアウトプット系とコンテンツ系は違うということ。アウトプット系とはシャンプーハットなどの芸能人で、どんな話題でも題材でも瞬間的にある種のアウトプットに変換して瞬間の反応を取ることが出来る。これはこれで一つの技術ですね。

コンテンツ系とは今回のシンポジウムでは僕と外務省の能化大使。やっていることは継続性があって目的があってしっかり(?)しているけれど、一般の人が聞いていて面白い話ではない。コンテンツはしっかりしているけれど、短い時間では説明しきれないし、興味のない人には全く興味が湧かない話ではある。

その意味で今回の人選はなかなか良かったとも言える。しかも関西人特有のなじみの良さで、話題があちこちにいきながらも国際協力の話、能化さんの硬めの政府見解、シャンプーハットの瞬間芸で眠たくなりがちな目も覚めて、って感じでした。

まあ一仕事終わり、本業の仕事で早速飛び回っています。 

 

寛平ちゃん

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なんとこの土曜日のイベントのサプライズゲスト、寛平ちゃん、ドタキャンになってしまった。残念。

でもそれもそうかなと思ったのは、アースマラソンはそれだけ偉大な出来事であったということだ。

今回のワンワールドフェスタとの関係だけではないが、アースマラソンは寛平ちゃんに、(1)肉体的精神的な消耗、(2)彼の今後の生き方、に徹底的に影響を与えていると思う。 

(1)については言うまでもなく、到着後の歓迎イベントで疲れ果て、またコレから先半年とか1年とかはどっと溜まった疲れが出る頃だと思う。

問題は(2)だ。「お笑いタレントが気軽に走って世界一周」の乗りで出掛けて完走してしまったものの、そんな偉業から余りに皮相的な日本のテレビ文化への復帰は容易ではない。 「寛平ちゃん、ご苦労様でした!」という余韻はもって後数ヶ月だろうし、走っている最中に感動をリアルタイムで与え続けてしまった分、事後に聞かされてももうその感動は薄いといったネット時代の落とし穴もある。

僕の予想では彼はこのまま「面白くない芸人」のカテゴリーに入っていくと思う。でもそれで単なる「走る猿」となって世俗を付かず離れずで暮らすのも悪くないとは思うけれど。 

ワンワールドフェスタ

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来週土曜日曜(5日・6日)に大阪で開催予定の「ワンワールドフェスタ」というイベントにパネリストとして登壇する。これは外務省が後援する国際協力に関する企画で、たまたま僕の後輩で外務省勤務の人が、大阪の企業経営者で国際協力もやっている人というので僕に指名があったものだ。

http://blog.canpan.info/owf/ 

軽い気持ちで引き受けたのだが、3、4人のパネリストが二時間ほど話をしたり質問に答えたりする僕が出演するコーナーに、なんと寛平ちゃんがサプライズで登場するらしい(あれ、書いて良かったのかな?)。僕も最近はランナーの端くれだから、あのアースマラソンは畏敬の念を持ってフォローしていた。毎日50キロ走るなんて驚異の世界で、最後のゴールシーンは家族でテレビにかじりつきながら感動していた位である。

国際協力うんぬんについて話をするより、あの寛平ちゃんと同じ舞台に立てるのが嬉しい。という訳で、焦点はずれてしまいそうだが(因みに寛平ちゃん、二年ぶりにテレビ界に戻って来たものの、本職の「しゃべり」は全然駄目になったらしい)、暇があったら見に来てくださいね。5日の14時からです。 

私はいらんもん

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民族博物館館長であった京大名誉教授、梅棹忠夫の対談本を読んでいたら「私の履歴書」からの引用があった。彼は結核に罹り、その時の心境を以下の様に書いている。
「社会生活から脱落して家に閉じこもっている間、友人たちがたびたび見舞いに来てくれた。彼らから大学のことや世間の動きを聞いているうちに、わたしは世の中が何事もなく進行していることに気がついて、愕然とした。わたしは自分という存在が、何の意味も持っていないことを思い知らされたのである。
青年というものは、なんとなく自分を中心に世界を回転させているものである。それが実際は、自分抜きで世界は動いているのだ。私は謙虚な気持ちになるともに、深い虚無感をいだくようになった。(『行為と妄想 わたしの履歴書』)」
梅棹氏はそれで、「それでわかったんやな。そういうもんやって。わたしはいらんもんやなって。」
「いらんもん」とは関西弁で「要らないもの」という意味だ。「いらんもん」と悟ったというは消極的な意味ではない。「自分なんて世界の大きさからすると小さな、存在しなくても済む様な存在だ。だからこそ、その小さな存在に意味を持たせる様に謙虚に、精一杯努力しなければならない」ということだと思う。
世界は自分なしでも、自社なしでも回っていく。その冷徹な事実をしっかり分かって、「それでお前は何が出来るのだ」という問いに正面から応えていきたいと思う。

アムステルダム出張

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またブログ更新が遅れてしまったが、そう言えば今年は新年早々アムステルダムに行って来た。アムステルダム国立美術館は改装中で、別館でレンブラントの「夜警」を観た。
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欧州の街は美しい。都市計画がなされて景観にも配慮されている。勝手なビルが建てられては壊され、電線が空を覆っている日本とはえらい違いだ。
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オランダは自転車の街だ。自転車通勤、通学はとても多いし、面白い形の自転車もよく見かけた。
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仕事も無事終わって、もちろん早朝街をジョギングして(池が凍っていた)、それから同行の足立さんと一番有名なレストランに行ってきた。公園の一角にあり温室が併設してあってそこの有機野菜を出してくれる。あまりにパンがおいしいので、我がままを言って特別にお土産に貰って帰った。スーパーでチーズを買って日本に持ち帰り、そのパンと一緒にいまだに自宅で楽しんでいる。
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たまに欧州も良いですね。次回はイギリスに行くつもりだけど、それも楽しみです。
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顧客を動かす

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前回は「組織を動かす」ということで会社などの組織を動かすにはどうすれば良いかを書いた。その法則はまさしく外部の、自社の顧客を動かす、説得する際にも全く同じことなので、そのことを書いておこうと思う。

世の中の人や会社は、自社や自分の組織のために存在しているのではない。自社ばかりに都合の良いことを言ったって誰も協力してくれないし、自社製品のメリットをたくさん並べても、顧客は真面目に聞いていないのが普通である。

顧客が動くのは、自分にとってメリットがあると本当に感じた時だ。自社の社員の場合と同じ様に、それぞれの顧客の心の中には、そうありたいと思う自分、新しいアイデア、やりたいことの「火」があるはずである。

当社の役割はその顧客の中にある小さな火を発見し、当社の力でその障害を取り除き、その火をもっと大きなものに変え、そして顧客の夢を実現することにあると想う。

他社・他者を動かそうと思えば、その会社・人の味方にならねばならない。ただ単にモノをあげるのは小善であって、本当の善、大善とは他者がなりたい自分、自分でも気づいていない本当の自分を発見してあげて、その実現の手伝いをすることだと思う。人はその手伝いをしてくれる人を味方と見做し、ようやくこちらを向いてくれるものだと思う。

稲盛さんのいう「利他の経営」とはこういうことだと思う。自社のことばかりを考えていれば(=利己の経営)、顧客は動いてくれないばかりか商売としても成り立たない。相手のことを真剣に考え、相手の夢を叶えるお手伝いをすることが利他の経営であり、結果的には商売もそれで成り立つ(それでしか成り立たない)のだと思う。

経営は奥深い。利他の心をどれくらい専門性を持って取り組めるかが、当社の存在意義である。今年も始まったばかりだが、真剣に取り組んでいこうと思う。

組織を動かす

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日経ビジネスを読んでいたら、先日更迭された長妻元厚労省大臣の談話が載っていた。曰く、「天下り問題、厚労省の隠蔽体質を変えようと思ってトップダウンで取り組んだが、一年という短い期間では結果が残せず、国民の期待にも応えることができなかった」というもの。この人、本当に間違っているなあと正直思った。天下り問題なんかは今の日本が抱える問題のほんの小さな問題でしかない。厚労省管轄の行政にしても、国民は要するに「将来老後は大丈夫か、社会保障はきちんとなされるのか」が興味であって、公務員をやり玉に挙げて溜飲を下げることは一時的には気が晴れる人は気が晴れるけれど、全然問題解決にはなっていない。それに厚労省役人は全く長妻大臣を歓迎せず、評価もすごく低かったと言うがそれもそのはずである。人間は自分たちの味方と見れば協力するけれど、敵(=既得権益を崩す)と見れば協力できないのも人間の心理である。組織を動かすには、組織の目的を理解しなければならない。僕が思うに、組織の目的(対内部)は、限られた個人の力ではできないこと、その人がしたいと思って(=夢)なかなか出来ないこと、組織が良くなるにはこうなれば良いなと思うこと、こういう事柄を見つけて(=夢の発見)、障害を取り除き後押しして実現できるのが組織である。一人一人の社員は本当は良いアイデアを持っている。誰だって自分の夢ややりたいことがあるし、でも独りでは出来ないのが人間だ。だから組織を作って、会社の存在意義との接点を見いだして「良き自分」を実現出来るのが、「場としての会社」である。この時組織(=会社)は個人(=社員)の味方になるから、組織の発展に対して皆協力してくれることになる。厚労省の役人だって、元々はそして多分今も厚労行政を通じて社会を良くしたいと思っているはずだ。そして勿論組織の非効率性や改善点をアイデアとして心の中に持っているはずだ。これを発見して、組織の力で実現していくことこそ本当の仕事だと思う。天下り批判はあるけれど、官僚で優秀な人は実際多いから再就職を妨げる必要は全くない。また現役時代に残業代もなしで働いているのだから、定年後は恵まれた待遇が欲しいのも人情である。働くもの食うべからずの原則から言えば、法人税を払っていない赤字企業、既得権益で守られた民間企業の方がずっと無駄な額は多いはずだ。そう考えると些細とも思える官僚叩きをしてしまって、本来の厚労省の仕事(=厚労行政)には全く手を付けなかった彼の姿勢は問題だと思う。如何に社員に活躍してもらうか、それは罰を与えたり将来の不安を抱かせることではなく、一人一人の心の中にある「やりたい何か良いこと」を発見して、実現できる場を提供することだと思う。

自社の役割

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僕は何でもそうなのだが、「自分(自社)の果たすべき役割は何か」をいつも考えている。それは丁度チームスポーツのようなもので、他のメンバーの能力や特徴を考えながら、そのチームで果たすべき役割を考えるのだ。
シュートがうまい奴がいれば、攻撃の時はそいつに決定的なパスを出すためにはどうしたら良いかを考える。自分よりもシュートがうまい奴がいるなら張り合って自分で打たなくてもいい。チームとして機能するにはどこが欠けていてどの強みを強化すべきかを考えた方がいい。いくら能力のある選手が集まっていても、更に上のレベルに行くためには補い強化すべきキーポイントみたいなものがある。それをピンポイントで見つけて自分がその役割を果たすことでずっと強いチームになれるものだ。
会社も同じことで、いわゆる競合会社が自社と同じような顧客に同じ様なアプローチをしている「競合」であるとしたら、それは戦略が間違っているということだと思う。競合会社と競合しないように、市場における独自の誰もやらないアプローチを工夫してこそ「良い経営」というものだ。その場合はライバルは自分自身であって、実は隙だらけ、満たされていないニーズだらけの現実社会で「独自の役割」を見いだせていない(=競合がいる)のはその企業で働く社員、そして経営者の怠慢というものだ。
だから僕はいつも忙しいですかと聞かれると「バタバタしているけれど暇です」と答えている。物理的にはその日は結構忙しいものの、経営者が知的には余裕があって、一ヶ月くらい先の予定が自由になる位でないと「他人が出来る仕事」までやっているとも言えるのじゃないか。会社の状態や市場の状況、隣接業界の事情や将来使えそうな技術に目を配り、「自分しか出来ない仕事」を探してブラブラしているのは悪くないと思う。
という訳で出社もせずにスタバに寄ったりしているのは「知的にブラブラ」しているからで決してサボっている訳ではありません。まあこういうことが言いたかっただけです、はい。

税金

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なんでも今の国家財政は、収入が41兆円、支出が71兆円で差額は国債を発行したり返したりで調整しているらしい。要するに税金を払う額以上に、国家による助けを必要としている額が大きいということだ。

個人としては所得税を払う一方、会社としてはもちろん法人税を払っている。いつも不公平だと思うのだけど、実は法人税を払っている会社は全体の3割しかいない。法人税は企業の利益に対して課税されるから、赤字会社は税金を払わなくて良い。しかも一時的にも赤字を出せば、その赤字は数年に渡って利益と相殺出来てしまう。近年巨額の黒字を出している銀行がこの10数年法人税を納めていないのはこのためだ。

問題は赤字会社だって公共インフラ、つまり道路や国が整備した制度を使っていることだ。しかも黒字化に死に物狂いで努力しているならともかく、赤字企業の社用車は相変わらず高級車だし、いやむしろ税金を払うくらいならと接待や無駄金を使っている会社だって沢山ある。

結局必死で稼ぎ、必死で経費を切り詰めて利益を出す3割の企業が法人税を負担することになる。ほんと、不公平。当社だって税金を払いながら経営しているけれど、それほど税金を払っていない競合企業と比べれても税引き後では折角広げた差が縮まってしまう。本当は消費税や一時話題になった外形課税(企業の支出に対して課税)も併用しないととてもバランスを欠く。赤字企業の経営者は公共道路の端を歩けと言いたくもなる。

とは言いながら、毎年無事に法人税を支払わせていただくのは幸福なことだ。そして結局税引き後でしか内部留保は貯まらないから、あまり文句言わずにせっせと働かせて貰います(十分文句、言ってるか)。

二年間

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例えば二年間でどれほどのことが出来るだろう。毎日に追われていると二年間なんてあっという間で、その間何の進歩もなく漫然と終わってしまっているかもしれない。

でも二年間という時間は実は十分に長い。例えば、こんなのもある。

「間寛平が、風と足で地球一周する『KANPEI EARTH Marathon』に挑戦しはじめて、約2年。地球一周、約40000kmというとてつもない距離に足跡を残してついに日本に上陸します!!!」

しかし凄いことだ。冗談のような始まった冒険らしいが、700日以上連続で、毎日50キロ以上走る、もしくはヨットに乗っているって尋常じゃない。フルマラソンした位でも死にそうにしんどくて翌日はまともに歩けない程なのに、それ以上の距離をしかも慣れない外国で毎日毎日走ってなんて。

それに比べれば毎日毎日働くことなんてどうってことない。コメディアンが人力で二年間で世界一周するなら、プロのビジネスマンは負けずに同等以上の成果を残さないと。

それにしても凄いなあとあらためて嘆息次第です。

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