社長ブログ

社長フィロソフィー日記

全体のストーリーを考える

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また昨日も母校の水球を観に行って指導してきたのだが、まだまだ「個別場面のストーリー」や「試合の流れ」が分かっていない。「個別場面のストーリー」とは、ある場面で「チームとして」どのように動けば得点になるのか、相手の攻撃を防げるのかという一連の動きのことである。例えば、相手選手がシュートを打つ体勢になる、その瞬間にカウンターアタックを狙って自チームの選手が飛び出す、シュートが外れる、中継選手がボールを貰ってしっかりトップの攻撃選手にパスする、その選手がシュートを打つのを見計らって(その前に)、相手のカウンターを防ぐために他の選手は防御に回るという一連の動き、つまりはストーリーである。

試合においてはこうした成功ストーリーを積み重ねていって、得点を積んでいく。水球はプレーヤーが7人だから、ボールを持った選手と持っていない選手が連動することが必要だ。そのためには何がその場面でのストーリーなのかが分かっている必要がある。しかしチームとしてそれが共有されていないと、個別の選手が自分だけで必死に頑張ってはいるのだけど、歯車か噛み合わない、ボタンを掛け違う、選手ごとに思惑が異なってしまい、個人は強くてもチームとしては弱いということになってしまう。大事なことは、言葉をかけ合ったりして「ストーリーを共有すること」である。

さらに個別のストーリーは、「試合展開」という 大きな流れに位置づけられていなければならない。試合の出足で行うプレーと終わりの方では違ってくるし、勝っている展開、負けている展開では状況も異なるので、個別ストーリーに違いがあって当然だ。

これは会社経営でも全く同じで、勝ちパターンの「成功ストーリー」を瞬時に皆が共有出来て、そのための個別役割をそれぞれがしっかり果たすという組織が強いのだと思う。 そして長期的に会社が反映するには、成長段階に応じた個別ストーリーを描くことも大切。ほんとに、水球から学べることは多い(僕だけ?)。

何を目指すか

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しっかり仕事が出来ている、頑張っている、充実しているというのは相対的で、「自分が立てた、想定している目標に対してどうか」ということが問題だ。

目標が低ければどんな努力をしていても「よくやっている」ということになるし、非常に高い目標を立てている人や組織にとっては、「そんなのまだまだ全然甘い、通用しない」と反省しきりの内容となる。 

水球でも全国大会目指して、しかも全国大会でも良い成績を狙っているチームにとっては、ローカルの試合で勝ったり負けたりしているくらいだと全くダメ、そんなことで本気で頑張っているのかと問われることになるし、適度に運動して青春を楽しみたい高校生にとっては「気持ち良い汗」で心地よい経験にもなり得る。

会社でも同じで、給料を賄ってようやくなんとか黒字が出ることを目標にしている組織では、人並みの努力、普通の努力、頭もそんなに使わなくてものんびりやっていけるかもしれない。一方で自社の強みを活かして業界でも活躍する、仕事を通じて社会を良くしていきたいと考えている企業であれば、どんなに黒字を出してもどんなに働いていても十分ということはない。飽くなき努力を重ねていって、それでも目標が少しでも満たされるかどうかというのが本当のところだと思う。

これは人生でもそうで、高い目標を掲げれば掲げるほど、それで満足ってことはない。目標はあくまで高く、だからこそ人生は厳しいけれど振り返ってみると豊かでやりがいのある、悔いのないものになるのだと思う。 

チャンスのミスは二点分

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春になってから休み中は母校の水球を観に行くことも多くなってきた。この時期はシーズン本格化の時期で、なるべく多くのチームと練習試合をする良い機会だ。

母校のチームは長らく低迷気味で、インターハイ、国体といったいわゆる全国大会には近年出場できていない。様々な要因があるだろうが、今年は久々にメンバーや指導者が充実し、希望の持てる年になりそうである。

で他校との練習試合を観ていて改めて思ったのだが(そして試合後に選手にも話をした)、「チャンスでのミスは二点分の失態である」ということだ。カウンターアタックをして味方選手が数的有利を作って必死に泳いでいる時に、イージーなパスミスをしてしまう。攻守が入れ替わって逆に相手に得点を決められてしまうケースだ。一見なんでもない、不注意に近い基本的なミスなのだが、「得点チャンスを潰した」ということで一点マイナス、「逆に相手にイージーなチャンスを与えて決められてしまった」ということでもう一点マイナス、合計二点分不利な結果をもたらしてしまう。

この二点を取り返すためには、素晴らしいシュートを決めるだけでは単に一点分しか取り返したことにならない。シュートを二回決めて(しかもその間相手には点を決めさせないで)やっとチャラになる勘定である。従ってイージーなミスをする位なら、単にチャンスを活かせない方がまだまし、ボールを持ってじっとしていた方がましって話である。水球は二桁得点くらいしか入らないから(例えば10対5とか)、二点と言えばとても大きい。4クウォーターでこういったミスを1回ずつすればそれだけで得点差8点分のマイナス、すなわち絶対に勝てることはない。

これは仕事でも同じ、前に一歩進むところがバカなミスを犯し、逆に競合にしてやられてしまうことは、プラスマイナスで二点分の失態ということ、会社カルチャーとしても「チャンスは必ず決め切る」ということを徹底していきたいと思います。

掛川マラソン参加!

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遅くなりましたが、先週の日曜日、半年一回恒例のマラソン、社員14人と掛川に行ってまいりました。木曜日の段階でくるぶしの下辺りに激痛があって歩くのも困難なほどのピンチに陥り、東京出張中だったので近くの整骨医に駆け込んでマッサージしてもらってところ痛みが和らぎ(でもマラソンはドクターストップ)、翌日はヨガで整体、土曜日に掛川に移動してテーピングしてテニス(!)したら意外に大丈夫でした。で、調子に乗ってマラソン参加したら、30キロまでは自己ベストを上回るペース、しかしやはり練習不足で失速して残り10キロは歩いたり走ったりで結局4時間11分でした(社内順位3位。まあまあの結果)。

で、教訓。第一に、やはりマラソンは30キロから。30キロまでは如何に省エネでしかしスピードに乗って走れるかが勝負になります。省エネで走れる範囲での「最高のスピード」というのがおそらくあって、息を切らさず頑張らず、重力を利用しながら脚に負担を掛けずにスピードに乗れるかという「技術」が重要。これは練習して自分なりのフォームを獲得するしかない。

第二にやはり体重管理が重要。今回はマラソンを走るには2、3キロ重過ぎた印象でしたが、体重1キロあたり脚の限界が5キロは伸びると思います。僕の場合残り10キロで限界だったので、後2キロ痩せていれば走り切れた(自己ベストが出た)と思われる。

第三に、身体の痛みは当てにならない。故障は練習からくる「全身の疲れ、強張り」からくることが多くて、局部的な痛みの様に見えて整体などで全身が緩めば痛みも和らぐことがあり得る。僕の場合は準備体操も終わった後のストレッチも全くしなかったのがよくなかったので、(若くもないので)身体のケアが必要だってことです。

第四に、天候、特に気温に大きく左右されます。この日の掛川は曇りで時折小雨が降る天気で20度弱、マラソンには絶好のコンディションだったと思います。そのおかげで脱水症状にもならず、(途中までは)気持ちよく走れた訳ですが、本番の恒例の那覇(12月)では25度くらいにも暑くなるので、これはこれで難題(解決策もない)。 

第五に、前日テニスを二時間もしてはいけない。これは当たり前ですね。8千人くらい参加したマラソン大会でしたが、ラケット持参で来たのは僕らくらいです。これは反省(またやると思うけど)。

という訳で次は、12月の那覇。また暑い季節に頑張って練習します。 

付加価値が高い仕事の仕方

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付加価値の高い仕事をするためには、結局創造的な仕事をするしかない。

創造的仕事の反対語は定型業務で、事務的な仕事、情報を右から左に伝達する仕事、ある程度の判断は伴うが定型に近い仕事などが含まれる。定型業務はより安いコストの人に任せた方が経済的だし、それは国内外の労働者を問わない。デジタル化できる種類のもの(入力作業、プログラミング、会計、設計、翻訳、簡単なデザインなども)は海外の質が高くて安い労働者にアウトソースされるし、物理的作業を伴うものもロボット技術の進化により、辛い仕事は人間よりも機械が行うようになるだろう(その過程で人間の賃金は下がっていく)。

昭和の時代はIT技術もなかったから、社長の方針を部下に伝えてまとめるだけの中間管理職が必要だったかもしれないが、今はリーダーが100人程度の動きはオンライン上で把握できる。10人リーダーがいれば1000人規模の企業は運営できるということだ。リーダーの下にいる部下にしても、定型業務だとその会社にその仕事すら残らないから(アウトソースされる)、付加価値を高めようとすれば、非定型の仕事、つまり創造的であったり、仕組みを作ったり、今までアウトソースできていなかった業務の仕様を決めてアウトソースして自社の付加価値を高めたり、思いつきでもいいから自分のアイデアを形にして提案したりする仕事が求められる。「こんなこと言われたんですが社長どう思いますか?」というのは自分に付加価値がないことを自ら言っている様なもので、「こんな状況だから(と分析し)こうした方が良い(と解決案を出す)」というのが正しい、付加価値の高い仕事だと思う。

当社の様に少数精鋭で効率的な経営を行いたいと考えている会社では、常に頭を使って創造的な仕事をして欲しいと思う。頭は疲れるけど、頭は筋肉と同じで使えば使うほど鍛えられていく。あ、そうそう、そろそろマラソンなので筋肉も鍛えないと。 

結果を出さない努力は努力しないより駄目

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もう題通りの話なのでが、仕事においては「結果を出さない努力は何もやらない方がまし」だと思う。

製品開発では「あれも検討しました、これも実験してみました、でも結果として製品にはなっていません」というのはただの経費の無駄遣いで、実験などに要した費用や人件費の分だけマイナス、それならじっと座って貰っていた方がましくらいの話である。ビジネスにおいて製品開発とは、「製品になるギリギリの先端的な技術を盛り込んで売れる商品を作ること」であって、「出来たらいいな」というものを目指して結局実現できない、何の製品も実現しないことではない。それはそれで基礎実験をやればいいのだけど、基礎実験はとりあえず今売る製品を開発してその利益が出ている内に次の技術を検討することであって、今何もないのに努力だけすることではないと思う。

営業活動でも企画でも同じ、「いろいろ努力してやってみましたが結局形になっていません」というのは学校では評価されるが(社会に出れば結果を出してねという意味で)、 ビジネスマンとしては全然駄目である。昔の人はそれを「下手な考え休むに似たり」と言ったのだろうが、「下手な努力、有給取る方がまし」というのがビジネス格言だ。今日可能なベストの売り上げ、利益をあげて、その利益が出ている内に次のことを考えるというのが正しい姿だと思う。

今あるものでベストなものを世の中に出すというのは、今困っている人のためになる。何も提供せずに「今、すごいものを提供するために努力しています」というのは不誠実で、少しでも今より問題解決になるものを提供するのが誠実な姿勢だと思っています。 

仕事のやり方 (2)

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当社はチームで動いているが、チームが有効に機能するためには前提がある。それは各担当者が、全体を捉え、先を読み、その都度確実に正しい判断をしていき、それを共有していくということだ。一人一人が全体を踏まえて自分の役割をしっかり果たせば、組織として人数以上の効果を発揮することができる。一人一人が自分の役割の枠を超えて全体を踏まえて自分の仕事をして、日報システムなどを通じて共有しておけば、上司も要らないし会議も必要ない。サッカーでも試合が始まってしまえば、ミーティングや監督の出番はなし、一人一人が自分で判断し自分の責任をしっかり果たした時に、チームとしても機能していく。

チームだからと言って、誰かがサボっていたり頼りにならないことをしていると、個人の集まりよりも悪いことになってしまう。他のメンバーはその人の仕事がしっかりなされていることを前提に動くのに、その前提が崩れればドミノ倒しの様に悪影響が連鎖してしまうからだ。パスが来ると思ってスペースに走り込んだ瞬間に、逆に相手にボールを奪われてカウンターを食らう様なものである。頼れる人が頼れなかったりすると、他の人がカバーに回らざるを得なくなり、そうするとまた次の人が助けに行った人をカバーして、とどんどんマークがずれてきてしまう。

この日までにこの仕事をすると決めれば、必ずかなり完成度の高いものを仕上げなければならない。チームで動いているからこそ、良くも悪くも個人のパフォーマンスが全体に影響してしまうから。ということで、よろしくお願いします。 

叩き台が大事

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顧客に何かを提案したり、資料を準備したり、何かを企画する際、一番最初に出てくる「叩き台」のスピードと完成度がとても重要だ。

 短い間に、というかやるとなった瞬間に、どの程度のものが必要でどれくらい時間がかかるのか、完成に至る道筋などが頭に浮かんでこなければならない。自分が考える落とし所は大体正しいものでなければならないし、関係者が多数に渡る場合にはそれぞれの立場から見て納得できそうな仕組みになっていなければならない。上司や他の人に見てもらった時に、「それくらいは考えておけよ」と即座に言われてしまうのは失格で、まだまだ修行が足らないというべきだろう。

自分では相当考えて作って、それを短期間の内に必死になって完成させた叩き台でも、更に現場に落としたり想定外の側面が出てきたりして、何度も見直しさせられることは当然ある。しかし最初の叩き台が叩き台にもならない不完全なものだと、役に立たないばかりか関係者をあらぬ方向にミスリードしてしまうという「やらなかった方がまし」という事態になってしまう。それだけ最初の案も、それなりの完成度と、次の段階で検討する人たちが感心して唸るほどの冴えを見せて欲しいものだ。

結局優れた人っていうのは、最初から優れたものを提示するものだ。当社も最初だからと言っていい加減なものを提案したり、検討議題にあげたりするのではなくて、「はい、それで結構です、お任せします」と言って貰えるレベルに達したいと思います。

伝わることが鍵

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何ごともそうだが、大きな目標であればそれだけ、一人の力では達成できない。組織や仕組みをしっかり作って皆の衆知や専門性、行動をまとめあげて目標を達成することができる。

多くの人たちがある目標に向かってベクトルが揃うためには、そもそもの目的、方向が明確であることが第一の条件である。だから誰にもわかり納得のいく会社・組織のビジョン、事業の目的、意義を明らかにするというのが最も重要だとはよく言われる(稲盛経営12箇条でも最初に来る)。

しかし次に重要なのに最も難しいのは、「各人が本当に分かる、そして行動する」 ということだと思う。頭では分かっているのだけど実際はできない、やってないというのは、本当に分かっていない、納得していない、腹に落ちていないことだと思う。本当に原始的で簡単なことでも、それが人間の行動になるには相当「本当に」分かっていないといけない。稲盛さんが再生したJALだって、頭では皆分かっていた、このままでは会社が倒産することが分かっていた、そのために何をやるべきかは皆が分かっていた、でも稲盛さんが皆の腹に落とすまでは誰も行動しなかったのが現実なのだ。利益をあげるための「売上を最大に、経費を最小に」という原則だって、小学生でも分かる原則である。足し算引き算が出来れば分かる原則なのに、普通は全くできていない。それが経営者が変わるだけで、同じ人たちが真面目に行動すれば、実質倒産した会社が数年で高収益企業に変わるのだから、「本当に分かって行動する」ことがいかに重要かは明らかであろう。

本当に分かる、本当に分からせることはとても難しい。同じことを何度も何ども言う、具体的な行動に落とし込む、率先垂範する、時間をとって勉強会をすることなど、どうやって組織の各人の潜在意識にまで刷り込むかが大事だ。伝え方、タイミング、相手の理解度、評価の仕方への反映など、ありとあらゆる方法で工夫し、しつこく諦めず、ベクトルを揃え、本当に分かって行動する組織を作り上げないといけない。

当社は比較的小規模組織で意思疎通もしやすいはずだ。日報システムなどにより、何が起こっているかどの方向に進んでいるかはオープンになっている。しかしオープンにして、言えば分かるだろうというのも経営者の甘えである。本当に分かってもらう努力を続けていかなければならないと思っています。 

まずエントリーすること

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僕は何でもそうなのだが、まずはエントリーすることが大事だと思っている。マラソンでもそう、数ヶ月先の大会にエントリーしてみる、そうすると確実に数ヶ月先には、「フルマラソンのスタートラインに立っていること」になってしまう。軽く考えてエントリーしてしまって自分を努力せざる得ない状況に置いてみて、それから(多少後悔しながらも)なんとかやりきるのがコツみたいなものだと思う。

 高校時代の水球もそう、それまでサッカー部で水泳なんて体育の授業でしかやらなかったのに、全国大会に出たいからと言って軽い気持ちで入部してみて、初めて地獄のような練習であることに気づいてから努力する(せざる得ない)。結果的には泳げ活躍し、全国大会にも出場できたのだから「まずエントリーする」という手法は間違っていなかった訳だ。イギリス留学もそう、無理に奨学金を取り入学資格を得て、現地に行ってみてからえらく苦労した。でもそこにいれば何とかなる訳だし、実際大丈夫だった。

会社経営もそうだなと思う。期限を決め目標を掲げ、やるしかない状況に自社を置いてみれば、僕も社員もそれを所与のものとして必死に努力する。逆に「毎日努力を続けていれば、いつか何となく目標に達している」ということはないだろうと思う。 エベレストに登るのにはそれなりの装備と努力が必要で、何となく努力するだけでは決して登れないことと同じことだろう。ということで当社では、まず目標が突然設定され、皆んなあたふたしながらなんとかやり切るというのが普通なのである。

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