社長ブログ

社長フィロソフィー日記

叩き台が大事

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顧客に何かを提案したり、資料を準備したり、何かを企画する際、一番最初に出てくる「叩き台」のスピードと完成度がとても重要だ。

 短い間に、というかやるとなった瞬間に、どの程度のものが必要でどれくらい時間がかかるのか、完成に至る道筋などが頭に浮かんでこなければならない。自分が考える落とし所は大体正しいものでなければならないし、関係者が多数に渡る場合にはそれぞれの立場から見て納得できそうな仕組みになっていなければならない。上司や他の人に見てもらった時に、「それくらいは考えておけよ」と即座に言われてしまうのは失格で、まだまだ修行が足らないというべきだろう。

自分では相当考えて作って、それを短期間の内に必死になって完成させた叩き台でも、更に現場に落としたり想定外の側面が出てきたりして、何度も見直しさせられることは当然ある。しかし最初の叩き台が叩き台にもならない不完全なものだと、役に立たないばかりか関係者をあらぬ方向にミスリードしてしまうという「やらなかった方がまし」という事態になってしまう。それだけ最初の案も、それなりの完成度と、次の段階で検討する人たちが感心して唸るほどの冴えを見せて欲しいものだ。

結局優れた人っていうのは、最初から優れたものを提示するものだ。当社も最初だからと言っていい加減なものを提案したり、検討議題にあげたりするのではなくて、「はい、それで結構です、お任せします」と言って貰えるレベルに達したいと思います。

伝わることが鍵

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何ごともそうだが、大きな目標であればそれだけ、一人の力では達成できない。組織や仕組みをしっかり作って皆の衆知や専門性、行動をまとめあげて目標を達成することができる。

多くの人たちがある目標に向かってベクトルが揃うためには、そもそもの目的、方向が明確であることが第一の条件である。だから誰にもわかり納得のいく会社・組織のビジョン、事業の目的、意義を明らかにするというのが最も重要だとはよく言われる(稲盛経営12箇条でも最初に来る)。

しかし次に重要なのに最も難しいのは、「各人が本当に分かる、そして行動する」 ということだと思う。頭では分かっているのだけど実際はできない、やってないというのは、本当に分かっていない、納得していない、腹に落ちていないことだと思う。本当に原始的で簡単なことでも、それが人間の行動になるには相当「本当に」分かっていないといけない。稲盛さんが再生したJALだって、頭では皆分かっていた、このままでは会社が倒産することが分かっていた、そのために何をやるべきかは皆が分かっていた、でも稲盛さんが皆の腹に落とすまでは誰も行動しなかったのが現実なのだ。利益をあげるための「売上を最大に、経費を最小に」という原則だって、小学生でも分かる原則である。足し算引き算が出来れば分かる原則なのに、普通は全くできていない。それが経営者が変わるだけで、同じ人たちが真面目に行動すれば、実質倒産した会社が数年で高収益企業に変わるのだから、「本当に分かって行動する」ことがいかに重要かは明らかであろう。

本当に分かる、本当に分からせることはとても難しい。同じことを何度も何ども言う、具体的な行動に落とし込む、率先垂範する、時間をとって勉強会をすることなど、どうやって組織の各人の潜在意識にまで刷り込むかが大事だ。伝え方、タイミング、相手の理解度、評価の仕方への反映など、ありとあらゆる方法で工夫し、しつこく諦めず、ベクトルを揃え、本当に分かって行動する組織を作り上げないといけない。

当社は比較的小規模組織で意思疎通もしやすいはずだ。日報システムなどにより、何が起こっているかどの方向に進んでいるかはオープンになっている。しかしオープンにして、言えば分かるだろうというのも経営者の甘えである。本当に分かってもらう努力を続けていかなければならないと思っています。 

まずエントリーすること

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僕は何でもそうなのだが、まずはエントリーすることが大事だと思っている。マラソンでもそう、数ヶ月先の大会にエントリーしてみる、そうすると確実に数ヶ月先には、「フルマラソンのスタートラインに立っていること」になってしまう。軽く考えてエントリーしてしまって自分を努力せざる得ない状況に置いてみて、それから(多少後悔しながらも)なんとかやりきるのがコツみたいなものだと思う。

 高校時代の水球もそう、それまでサッカー部で水泳なんて体育の授業でしかやらなかったのに、全国大会に出たいからと言って軽い気持ちで入部してみて、初めて地獄のような練習であることに気づいてから努力する(せざる得ない)。結果的には泳げ活躍し、全国大会にも出場できたのだから「まずエントリーする」という手法は間違っていなかった訳だ。イギリス留学もそう、無理に奨学金を取り入学資格を得て、現地に行ってみてからえらく苦労した。でもそこにいれば何とかなる訳だし、実際大丈夫だった。

会社経営もそうだなと思う。期限を決め目標を掲げ、やるしかない状況に自社を置いてみれば、僕も社員もそれを所与のものとして必死に努力する。逆に「毎日努力を続けていれば、いつか何となく目標に達している」ということはないだろうと思う。 エベレストに登るのにはそれなりの装備と努力が必要で、何となく努力するだけでは決して登れないことと同じことだろう。ということで当社では、まず目標が突然設定され、皆んなあたふたしながらなんとかやり切るというのが普通なのである。

組織の力

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組織に属するということは、個人の自由が少なくなって窮屈に感じることもあるかもしれないけれど、実は人生を豊かにする可能性がある素晴らしいことだとも思う。

合唱団に属していれば、チームの一員として大声で身振り手振りも交えながら、全身を使って感情を表すことが出来る。そこには譜面があり、合唱団の中の役割があるけれど、ある一定方向に向かって自分の力を発揮することができ、かつそれが合わさりあって全体として素晴らしいパフォーマンスを行うことが可能だ。個人としての役割を果たすことで、個人ではなし得ない一段高いレベルの経験が可能だ。

マラソンの様な個人競技でも同じだ。素人の運動不足の会社員が、フルマラソンに定期的に出場することなんて考えられない。でも会社行事として年に二回も参加していれば(うちの会社です)、そのうちその「考えられないこと」が日常となって、結果として健康な人生が送れる(はず)だ。個人ではとてもやらないことが組織に属することで習慣となるとすれば、これも組織の効用とも言えるだろう。 

会社でも同じことで、ベクトルが揃った集団の中で、それぞれの個人の得意技を活かして全力で貢献する。 皆が同じ哲学を共有して、個人の才能を活かしながらそれらがうまく噛み合うから、全体としてのパフォーマンスも素晴らしいものになる。おそらく個人ではなし得なかった大きなことが、会社という組織のお陰で達成できる。会社の方から見ても、全力で努力する個人がいて初めて全体としての組織力が成り立つ。会社により個人が輝き、輝く個人がいるから会社が良くなるという正の循環が非常に大切で、どちらが欠けてもうまくいかない。

当社は出来れば、個人も会社も輝く組織でありたい。個人の幸せなしの会社の成功はあり得ないし、経営成績の悪い会社が社員を幸せにできる訳もない。ということで、今日も社員の一員として組織のリーダーとして、頑張ってきます。 

公私混同のススメ

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当社では公私混同を推奨している。公私混同と言うと、私益のために公的なものを悪用する的なイメージがあるけれど、当然意味は全く異なる。

よくワークライフバランスが大事だけど言うけれど、ワーク(公)とライフ(私)を分ける考え方には僕は反対だ。を一回しかない人生、しかも人間は公と私を厳然と分けることはできない。仕事の時に家庭やプライベートのことを考えるのはよくあることだし、逆に家族団欒の時でも仕事のことに頭が働くことも普通のことだと思う。

ワークライフを区別しすぎると、人間はダブルスタンダードで判断してしまう。仕事の時は自社の利益、自分の営業成績のみを考え、私人として、親として、一人の住民として、消費者として、到底考えないような論理で仕事上の判断を下し、結果として企業の不祥事にも繋がってしまう。一人の人間としては倫理観もある人でも、仕事となるとダブルスタンダードで判断してしまうのは、ライフとワークを区別し過ぎる弊害だと思う。解決策は簡単で、仕事でも一人の人間として、子供の頃に親や先生に教えてもらったプリミティブな原理原則で判断すること、損得ではなく善悪で判断すること(そしてもちろん算盤も合わせる)、公私を区別するのではなく、合一して考えることだ。 

大事なことは、公的なこと(仕事)や私的なこと(家庭やプライベート)を不可分一体のものとして同時に達成する、できれば両者が矛盾なく、それぞれの側面を充実し合うことだ。仕事が家庭を滅ぼしてはいけないし、逆にプライベートの生活が仕事を疎かにさせてはいけない。両方あって一人の人間が成り立ち、その人生が豊かになっていくのだと思う。

公私混同と言うと誤解されることが多いと思うけど、ライフワークバランスなんてややこしいことを言わないで、 ライフとワークは不可分と理解して、人生をどう良く生きるかを考えたほうが生産的だと思います。

仕事の仕方

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社会人は大人だし、社会人になって20年も30年も経てば、働き方って自分で自分なりの常識が出来てきてしまうのが普通だとは思う。でもそれで通用するかどうかはまた別の話で、自分の常識では「ちゃんと仕事しています」と思っていても、顧客や市場からは「そんなんじゃあ、全然話にならない」ってこともあり得ると思う。

仕事をするのであれば、少なくとも最善を尽くさなければならない。最善を尽くすということは、「もうこれ以上は出来ない」というところまで考えて実行することだ。本当はもっと出来るけどと思える範囲では最善ではないし、それは顧客に対しては当然だけど自分に対しても誠実でない態度だと思う。

 そして最善を尽くしたからと言って、それで顧客が満足するわけでも世の中が良くなる訳でもないかもしれない。ベストエフォートではなくてしっかり結果を出すことが社会人の責務だとすれば、頑張りましたでは済まないというのが厳しい現実である。楽天の三木谷さんも、ベストエフォートでは不十分で、何が何でも結果を出す、ゲット・シングス・ダン(Get things done)を求めている。

 まあ当社の社員は、努力賞がないことくらいは分かっているとは思うけれど、 「これ以上は出来ない」というところまでは甘えず頑張って欲しいと思います。

初心を忘れない

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惰性とは恐ろしいもので、長く同じ業態を続けていると、それがあたかも正しいこと、永遠に正しい事と思い込んでしまう。実はもう既に存在意義が失われていたり、もしくは事業の社会的意義を忘れて目の前の業務だけ、更には初心を忘れて自社の利益だけに盲進するようになってしまっている場合もあり得る。なんのために働くかと言えば、半分は生活のため、もう半分は社会に貢献したいからというのが普通の誠実な人の考えであって、できればそれが高い次元で両立していることが好ましい状態だし、経営者はそうなるようにビジネスモデルを考え、常に自社の社会的価値を意識して努力するべきだと思う。

立場が変われば意見がころっと変わる分かり易い例で言うと、満員のエレベーターがある。乗り込む時には、もう少し詰めてくれと思ってぐいぐい押し込むのに、一旦自分がエレベーターの中に乗り込むと、今度はもう乗らないでくれ、そんなに押さないでくれと思ってしまう。同じように最初は社会のため、顧客ためと思って事業を行っていても、売上が立って社員を増やし、事業の継続のためには稼がないとと意識し過ぎるとおかしくなってしまう。利益がないということは会社存続の十分条件がないということだから社会貢献も何もない、むしろ利益がないということは社会から評価されていないということだから、想いは純粋でも存在価値はないとも言える。

社会的価値がないと会社は存続できない、利益がなくても存続できない、当社はエレベーターに乗り込む前も後も皆で上階に行くにはどうすれば良いか、自社の存続のための利益と社会的価値を両立する仕組みを考える会社になりたいと思って、今年も努力していきたいと思います。

10倍くらいだったら射程範囲

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僕には変な?感覚があって、目標の10分の1位ができていれば、「なんだ、後10倍じゃないか、出来そう」とつい考えてしまう。自社の売上が数億円なら数十億円、数十億円なら数百億円の売上は射程範囲内で、十分近い実感として捉えることができる。新聞記事を読んでいて、あの会社がこれくらいの規模でやっていてニュースになるなら、当社は今はその10分の1だけどもうすぐだなと感じるのだ。

高校で(サッカーから転向して)水球を始めた時には、全然泳げないのに(体育の授業で得意な方だったくらい)、1年後には一番うまくなっているなと根拠のない自信があったこともその類だ。目標の10分の1くらい出来ている時点で「出来そう」と感じるのは、子供の頃からの得意技だったのかもしれない。マラソンでもそう、5キロ走れた段階でフルマラソンもいけるなと思ったり、5時間近くでなんとか完走した時にも、4時間切るのも大丈夫と思ったり、楽観的なのかどうなのかわからないが、いずれにせよそういうことである。

だから逆に十分実績を出しているのに、少し足らないくらいで「いやいや、まだまだです」と謙遜している人たちがよく分からない。単に謙遜していて内心は自信たっぷりなのかもしれないが、8割がた出来ていれば出来ているのと同様、あと10倍やるにはどうしたらよいかを考える方がいいんじゃないかと思う。

今年もそれなりに良い成績で当社も期末を迎えれそうだ。実際に今の10倍やるには10年くらいは必要かもしれないが、十分その実感はあるので、今年もあと少し、そして新年から全力で頑張っていきたいと思います。 

当社はどうしてコンサルティング業をやらないか

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当社は年間に100回位の研修会を行っているが、殆どが無償提供となっている。無償だからといって商品紹介が中心のものではなく、当社のいる業界(害虫駆除業界、住宅メンテナンス業界)において経営者や社員が知らなければならないこと、経営戦略、先端技術、基礎的な知識、関係法令などを整理し、また時には海外からも講師を招いて業界自体のレベルアップを図っている。

よく、「そんなに充実した内容であれば、また個別に経営相談やサポートまで行っているなら、それを有償にして商売すれば良いじゃないですか」と言われる。しかしいつも僕は「それはそうかもしれないけれど、それでは結局儲からないのでやっていません」と答えている。

大企業を対象とした超一流コンサルティングサービスであれば儲かるのだろうとは思う。しかし中小企業を対象とする限りは、コンサルティングでは決して儲からないと思っている。その理由は簡単で、商売というのは相手がその値打ちをわかって初めて対価を払って貰って成り立つものだからだ。

いくら質が高い(と自社では思っている)サービスを提供しても、それが顧客に伝わらなければ決してお金は払ってくれない。これが形のある製品であったり、定義が簡単なサービスであれば分かり易い。米1キロの値段は相場が成り立っているし、大阪から東京への輸送サービスも内容が明確だから払う方も払いやすい。しかし経営戦略指南であったり、教育であったりするものは形も成果も不明確で、結果として顧客側がその値打ちが分からなければ対価を請求することもできない。つまり、コンサルティングビジネスの致命的な欠陥は、実際の価値とは関係なく、顧客が価格を(往々にして過少に)決めてしまうことである。

であれば、解決策は簡単だ。コンサルティングは行うものの、それを当てにして商売をしてはならない。 その代わり物販や分かり易いサービスで対価をいただけるようにビジネスモデルを組めば良い。そしてじわっとコンサルティングの価値もわかってもらえれば、そのビジネスモデルはより強固になっていく。

まあこんな感じで当社は経営戦略を考えています。 

那覇マラソン (4)

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この週末は恒例の那覇マラソンで、今年から導入された抽選のために数名が漏れてしまったが、当社から15名が参加し、無事全員完走できた。僕はマラソンを始めた7年前からの「那覇で4時間を切る」という目標をやっと達成することが出来た。ガーミンのGPSを睨みながら見事3時間59分という素晴らしい(? )タイムで走りきり、自分としては満足この上ないことである。

体重管理も目標には達せず、練習量もそんなに多くなく、直前の10日間は全く走らなかったのだけど、自画自賛するならこれは「意思と思い込みの成果」だと思う。(春のマラソン以来)この半年は距離を走ることはなく、最高でも12キロくらいしか続けて走らなかった位だ。しかも練習のタイムは4時間ペースを大きく下回るキロ6分少しであったりして、昨日の本番のキロ平均5分36秒での42キロとは全く比較にならない練習内容であった。

ではなぜ練習を上回るペースと距離を走り切れたのかというと、「そう走ると決めてずっと我慢してそのペースを継続したから」、そして「42キロではなくて100キロ走るつもりで走ったから」だと思う。おそらくこの7年間の積み重ね、過去に13回マラソンを完走したということから基本的な体力は備わっていて、あとは本番に「どう自分にスウィッチを入れるか」だけの問題だったからだ。「そう決めて、自分にスウィッチを入れる」というのは非常に大事だ。潜在能力さえあれば、「キロ当たり5分36秒で走る、100キロ走る」 と決めてしまって後はそう思い込んで実行あるのみ。

なぜ100キロと決めるかというと、(僕の持論だが)しんどいのは「気のせい」だと思うからだ。5キロ走る時は3キロでしんどくなるし、10キロ走る時は最後の2キロがしんどい。ハーフだと15キロを越えたあたりで脚にくる。これがフルマラソンだとハーフでは同じペースでも全くしんどくなくて、30キロを越えたあたりで地獄になる。そこで「100キロ走る」と自分を騙せば、知らん間にフルマラソンが終わっているという寸法だ。

まあ今回はうまくいったから勝因といして何とでも言えるのだけど、 「そう決めてやり切る、自分にスウィッチを入れる」ことは仕事でも経営でも、とても大事なことだと思う。売上を毎年10%伸ばす、経常利益率を10%以上にする、新規事業を成功させるなんて、そう決めてやり切らないと勝手には達成されない目標だと思う。というわけで剥けそうな親指の爪も痛いし身体はガタガタだし、明日からは水泳に暫く転向します。

那覇マラソン2014 

 

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