環境機器といえば「無料セミナー」で知られる。害虫防除の専門業者を対象とし、自社企画または講師依頼されて年間100回以上開催するセミナーは、毎週の様に全国各地で開催されている。その内容は防虫管理の基礎知識から応用までに及び、ヒアリ、トコジラミ、新型コロナ対応などタイムリーなテーマも取り上げられる。セミナー開始当初から企画に携わった営業部の中根佳子、講師を務めてきた経営企画部の川端健人と営業開発部の前田浩志が、それぞれの思いを語る。
中根佳子(以下・中根):2人とも入社してすぐにセミナー講師を担当したと思うけど、講師を任されたときの気持ちは、正直なところどうでしたか?
川端健人(以下・川端):セミナー講師を担当するのは入社前からわかっていましたし、昆虫学は得意分野だから何とかなる、ぐらいの感じでした。先輩の菅野さんから「業者さんたちは虫の駆除方法はよく知っているけれども、虫の生態などについては詳しく知らない人も多いから」と聞いていたので、勉強すればなんとかなるかなと割と気楽に構えていました。
前田浩志(以下・前田):私は、逆でかなり緊張しました。自分の話が、会社の評判はもとより売上まで左右するわけですから。もし何かミスをすれば、自分だけでなく会社のダメージにもなってしまう。ここが学生時代の学会発表などとは明らかに違います。そういったことが一種の恐怖心につながっていました。
中根:前田さんは、学生時代からうちにアルバイトに来ていたから、セミナーの講師をやることは知ってたと思うけど、やっぱり難しかった?
前田:はい、自分が壇上で話すのは想像とまったく違いました。アルバイトで虫の観察を担当していたので、虫についてならそこそこわかっています。けれども殺虫剤は化学の分野だし、建物での対策について話すなら、建築の構造なども理解しておく必要がある。そのあたりの知識はありませんでした。
中根:セミナー開催はうちにとってどういうものだと思いますか?
川端:セミナー講師を務める自分たちが、ある意味当社の「売り」だとは思っています。要するに同業他社との差別化のカギですよね。セミナーに参加してくれたお客様のところに行くと、まず「この間はありがとう」と言ってもらえます。
前田:感謝の言葉を耳にすると、やはりお客様の役に立てているのかなと実感します。実際お客様は、防虫施工のプロであっても意外に虫の種類を知らないこともあったりする。だからそもそもの発生原因や対処法にも思わぬ苦戦を強いられることがある。そんなときに我々の知識を活用していただける。
川端:セミナーで当社に関心を持ってもらえれば、そのあとの営業につなげやすくなりますね。
中根:20年ぐらい前に私たちがセミナーを始めたときには、集客にも苦労しましたが、今では定員オーバーになることもあります。長年継続してきた成果ですかね。それに、商品そのもののPRだけをするわけではなく、うちでは「業界全体のレベルアップ」につながるようなセミナーになるように心がけているのも特徴でしょうか。そのために川端さんや前田さんをはじめ虫の専門家や薬剤師を採用していたりしますしね。
前田:業者さんに話を聞くと、そもそも防虫に関する教育を受ける機会がほとんどないわけですね。とにかく現場で仕事をしなければならない。だから経験は豊富だけれど、それを自分の知識の引き出しとして体系的にまとめる時間がない。それでは多様化する駆除要望へ対応できないこともあり、困る場面も増えているのではないかと思います。
川端:たしかに、昔と違って、「虫=すべて害虫」という認識の方もいます。実際、害虫としての対象が増えているので、業者さんも勉強する機会が無いと大変だと思います。当社のセミナーが、そこを手助けできる存在になっていければと思います。
中根:2人とも、今やベテラン講師だけれど、セミナーのときにはどんなことを意識していますか?
前田:見た人の心に残るようにと心がけています。そのためスライドを見やすくして、聞き取りやすいようにはっきりとしゃべる。
川端:私が心がけているのは、専門的になりすぎないこと。持っている知識をアウトプットするのが自分の仕事ですが、相手が理解できなければ何の意味もないわけです。例えば、学会発表では「附節(ふせつ)」「腿節(たいせつ)」などの専門用語を使うけれど、これでは業者さんには何のことかわからない。だから足首とか太もも、という具合にわかりやすく翻訳して話します。
前田:わかりやすく、というのは私も意識していて、たとえ話なども盛り込むようにしています。その意味では自分の体験をベースに話すのも大切なポイントですね。
中根:ところでスライドのつくり方などは、誰かに教わったのでしょうか。
川端:まったく、ないですね(笑)。これはうちらしいなと。スライドに使う書体や背景なども何一つ決められていない。もちろんセミナーのやり方についての社内レクチャーなどもない。だから大学時代の学会発表の延長のような感じから始まり、試行錯誤しながらやってます。
中根:うちでよく言う「自律性」、要するに自分で考えてやれ、ということですね。
前田:そういえば私は、菅野さんがボランティアに行っている間のピンチヒッターで講師をしたことがありますが、惨憺たる結果に終わったことがありました。その前にやった虫のセミナーでうまくいったから、当時はまだ不慣れな殺虫剤のセミナーでもなんとかなる、と慢心があったのでしょう。満足いく発表ができませんでした。あれではお客様のためにならない。
中根:そんなこともあったかな。でも、確か同じ年の秋のセミナーでは、お客様から高い評価を得たでしょう。
前田:それは、その失敗以来、必死で勉強したのと、先輩や営業の人からヒントをたくさんもらって学びを深められたからだと思います。
中根:無茶振りは当社の特長だけれど、2人とも今や経験10年以上のベテランじゃないですか。自分のこれまでの成長や転機などを振り返ってもらうと、どんな転機があったのでしょう?
川端:当初は気楽に構えてましたが、ある程度の手応えを感じられるまでには、3~4年ぐらいかかったように思いますね。最初は害虫駆除の現場も知らないままに話さなければならない。その当時は、本や文献に書いてある内容を必死で読み込んで話していました。やがて現場に連れて行ってもらうようになり、そこで業者さんから話を聞いたり、作業の経験を重ねると、知識が体験によって肉付けされる、アカデミックと現場の事象が結びつく。だからセミナーでも細部でリアルな話をできる。おかげで聞いている人から「今日の話はとても共感できたよ」といってもらえるようになりました。
前田:私も同じで、お客様のところへ営業担当と一緒に回るようになって、一皮むけた感じです。相手によって関心が違い、聞きたい内容も異なるわけです。話しているときに「あっ、今の話にこのお客様は反応したな」などと気づくようになる。すると、そこから話をふくらませたり、その人に質問して興味を深堀りできるようになりました。
中根:セミナー講師として話をしながら、全体を俯瞰的に見るというのは簡単にできることじゃないですね。とにかく話をしなきゃとそれだけを思っていると、そこまでの気持ちのゆとりは持てないのでは。
前田:だから10年目にしてようやく自分なりのやり方ができつつあるのかもしれません。ただし型に縛られるなとも自戒していて、できる限りお客様に選択肢を多く持っていただくように心がけてもいます。
川端:ゆとりは大切ですね。私は人に何かを伝えるためには、そのテーマについて話す内容の、最低10倍ぐらいの知識を持っておかなければならないと考えています。
中根:毎日忙しそうにしている中で、どうやって勉強しているの?
川端:ありきたりですが、基本は読むことですね。専門書や文献、業界誌に加えて、ネットでもいろいろ調べていますし、当社の顧問など詳しい人に話を聞くのも重視しています。
前田:私が頼りにしているのは日報ですね。セミナーでお客様から受けた質問や、それに対する自分の回答などをできる限り細かく記録して、日報にあげるようにしています。すると、誰彼なくアドバイスしてもらえますから。
中根:前田さんに担当してもらっているのは、現場に即した商品レビューが多いですね。
前田:なんとなく役割分担が決まっていて、私は新商品や新規開発された薬剤などの話が多いですね。こうしたテーマについては、必ず自分で実験して試してから紹介するよう心がけています。
中根:セミナーのテーマは毎回悩ましいところですね。どちらかといえば川端さんは法律の改定など、多方面に渡る調べ物の必要なケース担当でしょう。
川端:実験を伴うような評価レビューは前田君、対象で分けるならゴキブリ担当が菅野さんで、私はシロアリ担当というところでしょうか。
中根:今後のセミナー展開については、どう考えていますか?
川端:私は入社以来17年、ずっとセミナーを担当し続けてきました。この間何より意識していたのが、お客様の役に立つことです。だからいつも最新のネタを仕入れるようアンテナを張っているし、話のレベルが下がったなどと思われないように、自分がまず勉強し続けるよう意識してきました。お客様には「どうせ無料セミナーだから、大したことないよな」ではなく「無料なのに、ここまで教えてもらえるのか」と驚いてもらえる内容を提供し続けたいですね。
前田:セミナーに来てくださったお客様から「今日の話は学びになった、明日からの仕事に活かせる内容だった」と言ってもらうのが何よりの励みです。環境機器のセミナーは役に立つと、ずっと思っていただくためにはやはり自分自身が成長しなければならない。最新の機器はもとよりAIなどの最先端領域からHACCPなどの法律についても知っておく必要があると考えています。
中根:セミナーが業者の皆さんの悩みや問題解決の場となること、さらにはセミナーで学びを得た方たちの中から、新たなビジネスが生まれること。そんな目標に向かって頑張っていきたいですね。